2008/04/21

今年度第1回めの巡見のご案内

 今年も、巡見「江戸を縦貫する」を開始します。

 年間の全コースは、江戸城本丸跡に始まり、丸ノ内・日本橋・兜町を通って、神田の繊維問屋街・浅草橋の問屋街から浅草寺・浅草新町・山谷ドヤ街・吉原ソープランド街と進んで、三ノ輪の浄閑寺までの区間です。
 (以上が基本コースですが、番外として、ヒルズなどの都市再開発地域や、新大久保・歌舞伎町のコリアンタウンにも行くと思います。)

 第1回めの今回は、江戸城本丸から日本橋界隈までを歩きます。

 巨大都市江戸に一本串を突き刺してみて、その端から端まで歩き通してみるというのが巡見の趣旨です。むろん、江戸を串刺しにする場合、この巡見コース以外にも、いろんな方向に串を打つことが可能です。しかし、江戸の重層性・多様性を実感しつつ、同時に、現代都市東京の重層性・多様性にも幅広く触れるためにもっともふさわしいコースが、江戸城の天守台に始まって、吉原遊郭の裏手で終わる、この巡見コースだと思っています。

 ともすればノッペラボウに見えやすい都市社会が、本当は、それぞれが色もかたちも異なる、多様な部分部分からできた、モザイク画のようなものだという感覚を保つことが大事だと思っています。
 
 そのような感覚こそが、過去・現在の社会の諸局面を対象とする研究のモチベーションにつながるし、また、そうした諸局面に視線を向けている自分自身の立ち位置(モザイクの一片)を相対化し、わが眼のレンズの色やら偏差やらを知らしめてくれるからです。

 そんなわけで、下記の要領をご検討の上、皆さんふるってお出ましくださいませ。この巡見のお誘いは、基本的には私が今年度担当している各大学での講義・演習の受講生を対象にしていますが、それ以外、過去の受講生の方や一般の方も遠慮なくどうぞ。ただし、一般の方は、ご面倒ですが、私宛に住所・氏名を明記したメールをお出しください。集合場所などを折り返しご連絡します(アドレスはこのブログのプロフィール欄をみてください)。

   記
日時:4月26日(土) 14:00~(たぶん17:30くらいまで。その後、例年のごとく、希望者で飲み会)
集合:JR東京駅に14:00 (詳細は、今週の授業の際にご案内します。あるいは、メールで問い合わせてください。)
コース:東京駅→丸の内オフィス街→江戸城本丸(東御苑)→竹橋・地下鉄東西線で日本橋へ移動→江戸橋広小路→大伝馬町→本町通り→日本銀行→三井→日本橋


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2008/04/09

新学期に際してのご挨拶とお願い

桜も散っちゃいましたねぇ。というわけで、ぼちぼち今週から諸大学での授業がはじまる。今年度の出講先は、川村学園女子大学・都留文科大学・日本大学・東京国際大学・埼玉大学・東京女子大学の6校。
 授業のコマ数は、前期が週9コマ、後期が8コマ。これら大学での仕事以外に、東京都公文書館での朝から夕方までの勤務が週2日。
 結局、今年も月曜から土曜までふさがってしまった。あとは育児・家事で大体いっぱいいっぱいかな。

 本当はこの他にも隔週で朝日カルチャーの授業が入る予定だったけど、大学での授業スケジュールが大きく変わったため、それに合わせてカルチャーの曜日を急遽変更したら、これまでの受講生さんが来られなくなってしまい、あえなく閉講。期せずして少し時間が空いたけど、正直、収入減も痛いなぁ。
 昨年度ずっとお付き合いくださった受講生の皆様、そして、4月からも継続申し込みをしてくださってた皆様、本当にごめんなさい。

 あと、そろそろ、腰を据えた歴史研究へ復帰したいとも思うけど、それはまたあきらめよう。まあ、仕方ないな。実際、こうしてあちこちで仕事がもらえるだけでもありがたい話だ。
 ただ、最近は少し不安もふくらむ。理由は、自分の能力の低下だ。まずは、以前より頭の回転が遅くなってきたこと。例えば史料読んでても、読解のスピードがあがんない。そもそも他人よりも頭の働きは遅かったのに。まことに困ったことだ。それから、体力の低下だ。日中にいろんな仕事をやってから、深夜、もうひとがんばりができてたのに、それが難しくなった。あるいは、夜中に仕事していても、以前よりは作業効率が低下してきた。
 これまでだってろくな研究してこなかったけど、それがさらにダメになるのではないかと不安。こんなんで論文が書けんのかなぁ。
 
 と、まあ、スケジュールやら収入減やら自分の能力劣化やらを考えると滅入ってくるけど、実際に授業が始まれば、また、たくさんの学生さんたちと出会えて、元気も出てくるはず。そうやって得られた元気でもって、能力低下をカバーしていかなきゃね。
 
 というわけで、今年度、私の授業に来られる学生の皆々様、どうか、よろしくお願いします。

 それから、町あるき「江戸を縦貫する」の方もよろしく。今年も、去年同様、江戸城本丸からスタートする予定。初回の日程は、今のところ、4月26日の土曜午後にしようかなと。
 昨年度までの常連の皆様も、どうかまたいらっしゃってくださいまし。お待ちしてます。

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2008/04/02

映画「ノーカントリー」の感想~本当の悪はどこに

 評判どおり、なかなか良い映画でした。そして、評判どおり、相当に怖いけど。アカデミー賞で作品賞・監督賞・助演男優賞・脚色賞だっけ。ちょっと難解な映画かも。


 以下、これから観に行く予定の人は読まないでください。映画館から帰ったら、ぜひまたここに来てくださいな。

 原題は、No country for old men。老人がいられる国はもはや無い、とでも訳すのでしょうか。

 あらすじ。テキサス州西部。モスという貧乏白人男性が、狩りの途中で大金を手にする。麻薬の取引がこじれた銃撃戦のあと、死体が散乱するその現場に出くわして、200万ドル(だっけ)が入ったカバンを自宅にもちかえる。それがきっかけで、モスは、シガーという最悪の殺し屋に追っかけられることになる。そうした事態を察知した老保安官ベルが、モスとシガーの跡を追い始める。さらには、アメリカとメキシコの麻薬取引の組織もモスとシガーを追ってくる。

 とまあ、重層する追跡劇なんですが、ともかく、モスを追うシガーという殺し屋がすさまじい。殺人マシーンといってもいい。要するに、エイリアンみたいな奴だけど、それが宇宙生物じゃなくて、人間だということで断然凄みが増す。傷ついて血を流し折れた骨が皮膚を突き破って苦しみながらも稼働するこの殺人者の姿は、ターミネーターよりももっと怖い。いわゆる絶対的な悪としてシガーは登場し、冷静な態度で人を殺しまくる。

 それに対して、モスは、人間味があるキャラクターだ。映画の大半は、このモスを主人公として構成されている。とりあえず観客は主役のモスに感情移入し、迫り来るシガーにおびえながら映画を観ていくことになる。

 しかし、不思議なのは、映画の後半になると、だんだん観ている僕のスタンスがあやふやになっていったことだ。そして、前半は、エイリアン(ただし、エイリアン第一作におけるエイリアン)みたいに絶対的だったはずのシガーの悪が、相対的なものとして感じられるようになってくる。
 その感覚の変化は、これまで主役だったはずのモスが、殺害シーンも無いまま、いきなり死体となって画面に現れ、お話からあっけなく退場してしまったことで強まり、さらには、ラスト近くで、重傷をおったシガーに逃走用の衣服を与えて金を受け取る少年達の会話によっていよいよ決定的なものとなった。

 絶対悪だったはずのシガーの周囲で、次々と色んな別の悪が発泡し始めたのだ。

 主役のモス自身、ベトナム戦争で殺人をしまくりながら様々な玄人のテクニックを身につけた人物であるし、彼は自分を愛してくれる妻をも死の危険にさらして、大金を手に入れようとする。
 麻薬組織は、一般企業の顔も持っていて、業務の一環として麻薬を取り扱い、やはり業務の一環として、費用や効率を計算しつつ、モスやシガーの抹殺を事務的に企画検討していく。
 決定的なシーンは、先にも書いたとおり、殺し屋シガーがモスの妻を殺害した後で交通事故に遭い、かなりの重傷を負うシーン。たまたま事故に出くわした二人の白人少年がシガーの怪我を心配する。それに対して、シガーは、血まみれの服を隠して逃走するために少年のシャツを金で買い取る。最初、少年たちは金の受け取りをためらう。人助けだし、お金はいいよと。しかし、結局、金を受け取る。そして、よろめきながら逃げていくシガーの背後で、二人はその金の分配をめぐって言い争いを始めるのだ。さっきまでごく普通のうぶで良心的な少年に見えた彼らのそのあけすけな姿。

 さらには、「血と暴力」の現代アメリカ社会に対して絶望し引退していく老保安官が代表する「古き良きアメリカ」が孕んでいた悪についても、その片鱗が描かれる。例えば、先住民族に対する侵略・抑圧や、メキシコに対する経済的搾取や民族差別に関わるちょっとしたエピソードが随所に挿入されている。そもそも、この悲劇の発端となった麻薬問題の根っこも、その辺りにある。
 (この老保安官が代表する旧世界を、単純に「正義」の社会として認めてしまい、それにあこがれたり懐かしんだりする見方は、あまりに牧歌的すぎる。)

 映画の前半は、一般社会のなかに現れたエイリアンとして絶対悪であるかのように見えた殺し屋シガー。しかし、次第にその周囲においてブツブツと発泡し、いつのまにか、シガーの絶対悪を包み込んでそれすら相対化してしまう「一般社会」の悪の姿。
 これがこの映画の真の主題だとみたんだけど。 どうでしょうか?


2008.4.4.付記
 
 個人的な体験だが、この映画の一番の怖さ・不気味さは、映画館を後にしてから数時間後、僕を襲ってきた。

 絶対悪であったはずのシガーの悪を相対化してしまうような「一般社会」の悪。シガーの周辺で発泡するそうした諸々の悪が、にじみ、拡がっていく先を追うのに、僕は数時間もかかってしまったわけだ。

 例えば、イラク戦争。まるでテレビゲームみたいに、誘導ミサイルが飛んで行き、目標地点で爆発する映像。その爆発の下では、幼い子供・非戦闘員をふくむ数多くの人が、実にあっけない死を迎えている(映画の中、たまたまシガーに出くわしてしまったことが原因の、おそらく殺される自覚もないままだったのであろうドライバーやホテルのフロント係の死とよく似た死が、紛れもない現実として、そのミサイルの着弾地点には無数にあった)。そうした「理不尽」な死のありさまを映し出すテレビ画面を自宅のリビングダイニングで眺めながら、むしゃむしゃとご飯を平らげ、缶ビールをうまそうに飲み干す私たち。アメリカが始めたこの「テロとの戦い」に賛同し手を貸した国に私たちは住んでいる。
 あるいは、人が殺されまくり、死体がごろごろ転がるこんな映画を、ポップコーン片手に「娯楽」として消費していく私たち。
 人の死に接して全然動じない、シガーと同じ冷静さを、ときに私たちも共有している。
(2008.4.14.付記 映画の登場人物でいえば、麻薬組織の経理担当者くらいの立ち位置が、だいたい自分に当てはまる気がする。この組織は、一般企業の顔も持っていて、彼が扱う日常的な経理の一部に、シガーやモスの処理問題も含まれている。おそらく、彼にとってそれは、会社全体のふだんの人件費やクレーム対策費なんかと同列に認識されるに過ぎない問題だったのだろう。彼自身、自分が悪である自覚はまったく無い。しかし、人の死に対する彼の感覚麻痺・無神経さは、シガーをはるかに超えているわけだ。シガーに出くわしてしまったこの経理担当者の生死がはっきり描かれていないのは、彼と同じスタンスにいるであろう私たち観客の多数に対する問いかけのように思えた。)
(2008.4.21.付記 たとえば、ラストでシガーをも打ちのめした自動車の問題。日本だけでも、毎年、何千もの命を自動車が奪っている。もし、社会から自動車を追放すれば、たちまち、おびただしい命が救われる。公共交通車両や緊急車両だけを残して、自家用車を全廃してもいい。それだけでも効果絶大だろう。だけど、雨降りの外出の快適さやら、今日出せば明日届く宅配便の利便やら、自動車産業の経済効果やら(はたまた高速移動の快感やらステイタスの誇示やら)を手放すことのできない私たちは、そうやって毎日毎日、たくさんの人を殺していくことを選択している。この際、その選択の是非は問わないが、私たちは、快適さ・利便性・経済効果と、何千もの命とを天秤にかけた場合、躊躇なく、前者を選択する生き物なのだということぐらいは忘れない方が良い。人命が地球より重いなんて、本当は誰も思っていない。映画のラストで、シガーという悪に衝突し、文字通り相対化した悪を、私たちは自分のものとしている。)


 結局、シガーの周りで発泡する悪が拡がる先を追っていくと、それはいつの間にか、僕の足元にも達していた。ちょうど、モスの妻を殺害した直後のシガーのように、足元に目をやると、僕らのズボンの裾や靴底には、そうやって拡がった悪の染みが容易に見つかるだろう。
 僕が一番恐怖を感じたのは、映画が終わってしばらくたって、そんなことを考えた時だった。

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2008/03/25

いま安室がよいねぇ

 安室奈美恵のシングルCD「60s 70s 80s」が、彼女にとって久しぶりのオリコン週間チャート1位になるみたいだ。このブログでも、先月末、「最近のお気に入り」という記事で、このCDに入っている「ROCK STEADY」が好きって書いた。その時点では、まだCDは発売前だったが、蓋を開けると、やっぱり大ヒット。別に、自分に先見の明があると言いたいわけじゃなくて、こんな摩耗しきったおっちゃんの感性に訴えてきたくらいだから、このヒットはあまりに当然だと思う。そんなわけで、「60s 70s 80s」、さらに自信をもっておすすめ!
 先の記事では、トップ歌姫の責をエイベックスの後輩たちに任せてからの安室の伸びやかさが良いなぁと書いたけど、これでまた、プリマ・ディーヴァになっちゃったね。なにかと誤算つづきのエイベックスが、ここにきて安室の営業に力を入れたのかもしれないけど。
 で、今度のシングルも良いけど、アルバムの「PLAY」もおすすめ。収録曲のうち「FUNKY TOWN」や「BABY DON'T CRY」が今のところ好きだなぁ。シングルもアルバムも、どちらも、ダンスみなきゃ損だから、お求めの際は、必ずDVD付の方を。
 去年今年、私と一緒に巡見であちこち歩いた人は、「BABY DON'T CRY」のPV、結構楽しめるのでは。
 

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2008/03/13

新宿のイタリア料理、イル・バーカロ

気楽なバール・トラットリア
 僕が新宿で飲むときはたいていイル・バーカロというイタリア料理店(というかヴェネツィア風居酒屋というか)。前回の記事ではここで建築史の陣内秀信先生とお会いした話を書いた。いつだったか、アコーデオン奏者のcobaさんが飲んでらっしゃるのを見かけて、「大ファンです。」と思わず声をかけてしまったこともある。
 このお店に行ったことがなくったって、そんなお客の顔ぶれを聞いただけで、イタリア愛好者の皆さんなら、「ああ、ここはすごく良い店なんだな。」と確信するだろう。

 バーカロが開業してからどのくらいだろう?もう10年以上かな。ときどきブランクはあるが、開業当初から今にいたるまで通いつづけている。
 というのも、このお店、まずは安い。カウンターでの立ち飲みなら、ワイン2~3杯におつまみを何種類かつけて小一時間いても、1000円いくかいかないか。
 もちろん、料理も美味しい。気取らない料理で、なにを食べても外れない安定感がある。というのが開業以来の感想だった。ところが、近年、ここの料理がなかなかすごい。

山崎シェフ
 一昨年くらいだっただろうか。いつものようにカウンターで小皿のおつまみを食べていて、思わず絶句するくらいうまかったことがあった。びっくりしている僕に、ホール担当の人が、それを作った人を紹介してくれた。
 その人が山崎さん。それ以来、すっかり山崎さんの料理が気に入っている。
 シェフの名前が看板になるようなタイプのお店じゃなくて、こうしたスタイルのお店の大きな厨房組織から、山崎さんのような光る料理を作る人が出てくるってのはちょっと珍しい気がする。
 以前は、きっちりと叩き上げた職人さんタイプの料理人が安定した料理を出しつづけるってところがバーカロ(とその系列店群)の魅力だと思っていた。そんな厨房で学ばれた山崎さんには、そうした安定感は当然のことながら備わっているし、ご本人もそうしたスタイルを大切にされているようだ。
 そして、山崎さんの場合、その安定感の上に光る美味しさがある。オリジナル性の高いレシピでもって料理人の個性がアピールされるって例は珍しくもないことだが、こんなふうに、定番料理の中にでもありきたりの皿とは違う個性の光が宿るってケースにはなかなか出会えない。もちろん、山崎さんは、その定番の中にも、あまりでしゃばらない創意工夫をたくさん込めているんだろう。

「山崎さんご指名で」
 というわけで、それ以来、山崎さんご指名のお任せ料理を予約して食べに行ったりしている。いつものお店のメニューにはない、美味しい料理をたくさん楽しんでいる。イタリア好きの友人にもそんな“山崎さん指名”のコースを薦めたところ、喜んでもらえてるみたいだ。皆さんもぜひお試しを。ただし、山崎さんが系列他店へ出張されることも少なくないみたいだから、その辺りはご予約の際に要確認かな。
 お店のメニュー設定にもともとあったと思う「シェフお任せコース」の範疇で予約を受けてくれるんじゃないかな。ちょっとびっくりするくらいお得な値段。Rimg0016


山本さんのデザイン・カプチーノ
 それから、最近のバーカロの楽しみは、ホール担当(副支配人)の山本さんが出してくれる、いわゆるデザイン・カプチーノ。表面の泡を利用して絵を描いたカプチーノ。うちの子供たちは(そして僕もカミさんも)この山本さんのデザイン・カプチーノが食後の楽しみ(今まで食後にカプチーノだなんてあり得なかったなぁ)。
 カプチーノも良いんだけど、個人的には、山本さんのサービスがなかなか好きです。“一分の隙も無い”とか“ワインに対する情熱があふれる”とかいったスタイルではまったくないんですが、これがなかなか良いんだなぁ。カプチーノのデザインもそうだけど、要するに、センスある人なんだよな、山本さんは。
 彼の手が空いているタイミングがあったら、ぜひ、デザイン・カプチーノを頼んでみてくださいな。題材はこっちから指定してもたいてい彼はこなしちゃうけど、お任せ自由題も楽しいよ。080113_6

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2008/03/05

新宿のイル・バーカロにて

 昨夜、新宿で買い物をしたついでに、新宿三丁目にあるヴェネツィア風居酒屋のイル・バーカロにて、ひとりで夕食。昔から気に入っているこのお店の紹介はまたあらためて。(付記:紹介記事はこちらをクリック

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 食事が終わった頃、建築史の陣内秀信先生が、学生さんたちを連れてご来店。まあ、ヴェネツィアと関わりの深いこのお店に、あの陣内先生がいらっしゃること自体はなんの不思議もないわけだけど、僕にとっては、陣内先生とお会いするタイミングは、なぜかいつも絶妙というか、微妙というか。

 以前、このブログで、盛り場論批判の記事を書いた。批判の対象のひとつが陣内先生のご著書。すると、その直後、先生が所長をされている法政大のエコ地域デザイン研究所から報告の依頼。(そのときの報告内容の要旨についてはこちらの記事を読んでみて下さい。


 今回も、このブログで、鞆の浦の架橋・埋立工事をめぐって、工事反対の運動のやり方への疑問を書いたばかり。そんなタイミングで、反対運動の中心にいらっしゃる陣内先生と、またしても偶然お会いすることに。もちろん、こんなブログの記事なんて、先生はご存じないままだが。

 というわけで、お店の立ち飲みカウンターバーのコーナーで、ワインをご馳走になりながら、これさいわいと、鞆の浦の問題について色々ぶしつけな質問をさせていただいた。それでも、イヤな顔をされることもなく、どの質問にもきっちりと答えてくだる。
 
 先の記事の末尾でもふれた、観光地化した町の過疎化・空洞化の問題についても質問した。すると、すでにその問題は先生も視野に入れていらっしゃって、その上での将来構想も話してくださった。農村部におけるアグリトゥーリズモの漁村版、ペスカトゥーリズモの動きなどは初めて知った。

 故郷のことであるにも関わらず、わからないことだらけで、この問題については判断保留状態のままの自分が少々恥ずかしくなる。

 鞆の話の後は、僕の大好きなイタリアの田舎町スポレートにあるモンテ・ルーコという山の保全活動に陣内先生が関わっておられたことを初めてうかがう。それから、ローマの夜といえばもっぱらナヴォーナ広場周辺が一番だと僕は思っていたけど、そうじゃなくて、最近はカンポ・ディ・フィオーリが熱いんだとかいった話も。
 他にもたくさんの話題で時間があっという間。同席の学生さんたち、先生を独り占めしちゃってすみませんでした。

 おしまいには、調子にのって、先生のご本では「イタリア都市再生の論理」が一番好きです、などと口走ってしまった。まあ、実際、僕はこの本が大好き。おそらく、一般に公開された先生のお仕事の中では、最も初期のものだろう。かなり過激な内容の本。この本を読めば、たとえば、歴史的建造物のファサードだけを残してこと足れりとするような保存の問題点がはっきりとわかる。そんな本。
 近年もたくさんの研究成果を世に送り続けていらっしゃる先生に対して、受け取りようによっては失礼なことを口走ったわけだけど、それに対しても、今のご自身からみたその本に対する思いなどをストレートにきかせてくださった。

 文字通り、願ってもない、まことに貴重な夜だった。

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2008/02/29

最近のお気に入り

 なんとなく、最近の“お気に入り”をリストアップしておこう。

 音楽は、安室奈美恵の「ROCK STEADY」と、BENNIE Kの「モノクローム」。
 最近の安室はホントかっこいいねぇ。かつてのトップ歌姫の重荷はエイベックスの後輩たちにお任せしちゃってから後のノビノビと好きなタイプの音楽をやっているって感じがとても良い。歌のうまさは相変わらずだし。昔、フジテレビのウゴウゴルーガって子供番組で鈴木蘭々と一緒に歌っていた頃の伸びやかさを思い出す。もちろん歌う曲は全然違うけど。
 BENNIE K はそもそも大ファンなんで、どの曲も好きだが、今回の「モノクローム」も良い。ドラマ主題歌って縛りもあるんだろうけど、歌詞もよい。よくあるタイプの、若いフリーター・ネエチャンなんかの愚痴と元気づけの歌(個人的には結構それが好き)かもしれないけど、さすがにBENNIE K は質が高いって思う(ひいき目が過ぎる?)。

 あとは、最近見た映画など。「スウィーニー・トッド」、「ラスト・コーション」、「チームバチスタの栄光」といったあたりを見ました。
 「スウィーニー・トッド」は、ともかく映像が雰囲気良くて面白い。冒頭の帆船がひしめくロンドンの港のシーンから引き込まれちゃいました。お話の内容はそんなに気合いを入れてみるようなもんじゃないけど、楽しめる映画でした。場面場面のグロテスクさは、どこか「チャーリーとチョコレート工場」に似ている気がした。
 「ラスト・コーション」は、とってもぜいたくな映画。ラスト近くでの、ヒロインの衝動的な決断のシーン、そのほんの一瞬をちゃんと描くためだけに、豪勢なセットもそれまでの長いストーリーも、そしてなにかと話題の過激なシーンも、存在しているんだろうって気がした。ぜいたく。いろんな意味で大人の映画かなぁ。
 「チームバチスタの栄光」も楽しめた。全体のお話づくりは失敗していると思うけど。まあ、場面場面で楽しむことができた。主演女優の竹内結子。かねがね、この人が、色気のない、ちょっとのんびりした役をやっているときは、芸能社会史が専門のO女子大のK先生(というかKちゃん)に雰囲気がそっくりだと思ってきたが(別にK先生に色気があるとかないとか言っているわけじゃないですよ、念のため)、今回、映画をみながら、本当にそっくりだなぁと思った(最後は内輪話になってすみません)。
 

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2008/02/27

鞆の浦の問題

 先日、鞆の浦の架橋・埋立問題について少し触れた記事を書いたら、ネット検索でそれを読みに来られる人がけっこうたくさんいらっしゃる。というわけで、今回は少し補足の記事を。

思い出のなかの鞆 

 鞆港の風景は美しい。近世以来の港湾施設もたくさん残っている。船が通ると静かな波のうねりが雁木をタプタプとたたき、繋留された小型漁船の間には、小さな雑魚の群れが時々サッと身を翻しながら泳いでいるのがみえる。
 生まれて初めて酔っ払った経験は、たぶん小学生低学年頃に、鞆の名産、保命酒粕を食べ過ぎた時だった。結婚当初、金も無く、新婚旅行は日帰りの路線バス旅行で鞆へ行った。僕にとって、鞆はなにかと懐かしい町である。

 そんな鞆の港に橋を架ける計画が進んでいる。計画では埋立地も造成する予定である。それらによって、鞆港の景観は大きく改変される。新婚旅行のとき、港の先の小さな砂浜で写真を撮ったりした記憶があるが、きっとその辺りが埋め立てられるのだろう。

住民の工事賛成

 計画に反対する人々は、この架橋・埋立工事は「暴挙」だという。歴史的景観の価値など省みられることがなかったひと昔前ならいざしらず、今はそうした景観を守ることの大切さが広く認知され始めている。そんな中、鞆港の歴史的景観を破壊する工事なんて、まったく時代錯誤の「暴挙」なのだと。

 一方、鞆の成人住民の9割を超える人々が、かつて、架橋・埋立に賛成の署名をした。こうした住民の支持を受けて、広島県や福山市は工事を進めようとしている。それに対して反対派の人々は、この賛成署名は鞆の町内有力者たちが地域社会のしがらみを利用して集めたものであり、問題があると主張する。それもまあある程度は事実だろう。

 反対派の心情・動機は、冒頭に紹介したような鞆の思い出を持つ者として、また、歴史研究者として、それなりに理解できる。

反対のやり方

 ただ、反対のやり方がまずいって気がしてならない。反対派の主張内容がもし上記の通りだとすると、彼らは賛成派の住民に対して、「あなたがたは無知で時代遅れで自立した意見など持てない非民主的な人たちです」って言い放っているようなものだ。これじゃあ、喧嘩にしかならないだろう。歴史的景観を後生大事に守ることを唱えながら、片方で、鞆の歴史的地域社会をズタズタに破壊していることになる。目に見えない分、後者の傷の方が深刻な状況へ進みやすいようにも思う。

 県や市の主張を崩して工事をストップしようとするなら、賛成派の住民の大勢を説得して味方に引き入れ、鞆の住民の少なくとも過半数以上でもって工事反対を訴えるべきだ。県や市は、これまで、この工事計画は住民の多数の支持を受けているから実施するんだと主張してきたわけだから、これが一番有効かつ唯一の反撃方法ではないだろうか。

 反対派が自分たちの思いをぶつけていくべきは、県や市に対してではなく、まずは、賛成派の住民に対してである。そうやって、鞆の住民の過半数の反対署名とかを獲得できれば、この工事を中止に追い込むことができるだろう。
(付記:このことについては、hatsudaさんからコメント拝受。私としては、やはり、反対運動が住民多数の支持を得ていない状態のままだと、たぶん運動は成功しないだろうし、もし仮に工事を中止できたとしても、鞆の将来に深刻な問題を残すのではないかと思います。)

なぜ工事に賛成するのか

 反対運動を行うためには、まず、工事に賛成している住民の心情をちゃんと理解する必要がある。理解の前提は、まず鞆の町のとめどもない衰退・過疎化状況を知ることだろう。賛成派住民たちのうちの少なからぬ人々は、おそらく、橋がかかったからといって、鞆の町の抱える問題が解決するわけではないことぐらい、よく分かっているだろう。それでも、どうして人々は工事に賛成しているのだろうか。もし有効な反対運動を展開したいのなら、そこのところを、十分なシンパシーをもって理解していかなくてはならないだろう。おそらくそれは、県や市のかかげる建前としての工事目的(渋滞緩和やら観光開発やら)なんかとは相当違うところにあると思う。

 それが理解できないまま、やみくもに、歴史的景観の保護は絶対だ、とか主張するのは、間違っていると思う。


観光化の問題

 一方、工事反対派が描く、観光地・鞆の将来像に対しては違和感が強い。港の景観を守りながら、それを“売り”にして観光業を盛り立てていくべきだとかいった将来像である。世界遺産にしようとかいった運動もあるんだとか。
 うーむ、観光で鞆の地域経済が潤うっていう目論見のずさんさが気になる。以前の記事にも書いたが、そのためには鞆に来る観光客が、短時間通過型ではなくて、宿泊滞在型になる必要があるだろうが、それは可能なのか?
 滞在時間が数時間以内で通過していくタイプの観光客相手に十分儲けられるのは、せいぜい土産物店か軽い飲食店か、はたまた駐車場くらいだろう。まあ、鞆の町なかの条件の良い場所に土地や家屋を所有しているごく一部の人にとってはそれで良いのかもしれないが。そうじゃない人にとって、あまりに恩恵は薄い。

 歴史的景観を“売り”にした観光地化に鞆の将来を託そうと主張する人々が決まってお手本に持ち出すのが、イタリアの古い町々である。そんな人たちは、例えば、ヴェネツィアの超深刻な過疎化問題なんかを知っているのだろうか(ちなみに温暖化による水位上昇がこの町の過疎化の原因だというのは誤解だろう。問題の原因はもっと本質的なところにある)。あるいは、トスカーナのサンジミニャーノやピエンツァみたいな歴史テーマパーク化して空洞化する小さな町々の姿を。
 鞆がそんな歴史テーマパークを目指すなら、それはそれで重大な覚悟が要ることだ。それは、架橋・埋立工事と同じくらい、従来の鞆の町を変えてしまうことだから。(付記:その後、架橋反対を熱心に主張されている法政大の陣内先生と偶然お会いして少しだけお話をうかがう機会に恵まれました。それについてはこちらの記事をご覧下さい。

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2008/02/14

レポートレポートのたけくらべ

 このブログ内の記事の中で一番アクセスが多いのは、「たけくらべ論争」に関する記事である。3年も前に書いた記事だけど、たとえば昨年10月から今年1月までの4ヶ月間でアクセス解析すると、のべ約1000アクセスで、訪問人数だと672人だそうだ。古い記事なのに、いまだに毎日5~6人の人に読んでもらっているらしい。ありがたいことだ。ちなみに、「たけくらべ」というキーワードでgoogle検索をかけると、なんとトップページ(の一番最後だけど)に表示されている。「たけくらべ論争」だと、トップページの一番頭に出てくる。そんなわけで、この記事にアクセスしてくる人が多いんだろう。
 といっても、アクセス数が増加するのは、だいたい大学の学期末。よーするに、大学の講義レポートのネタ探しにくる人が大半なんだろう。
 僕の書いた記事をレポートのネタにすることについては、まあ、それは全然構わないけど、レポートでは出典(ネタ元)の明記と、できればこのブログ上でお礼のコメントくらいはちょうだいよね(笑)
 あ、そうそう、それから、評価がどうだったかもぜひ知りたいなぁ。

 で、大学のレポートといえば、最近は他人が書いたレポートをネットでダウンロードし、それを「参考」にしてレポートを作成することもできるらしい。実は、そうした情報のやりとりを仲介する会社があって、誰かが自分の書いたレポートをその会社の運営するサイトに登録する。そうすると、登録者はwebマネーがもらえる。その登録レポートを「参考」にしたい学生は、自分のwebマネーを払ってレポートの全文をダウンロードするという仕組みらしい。
 
 レポートだけではなくて、卒論の「情報交換」のサイトもある。こちらは、かつて卒論を書いた元学生さんたちの有志がサークル的に運営するサイトみたいだけど、これもなかなか面白い。例えば、今年卒論を書いた学生さんがこのサイト関係者の「アンケート」に答えると謝礼がもらえるらしい。さらに、2時間程度の「インタビュー」に応じると、さらに謝礼が加算されるらしい。そうした「アンケート」や「インタビュー」においてどういったかたちの「情報のやりとり」がおこなわれているんだろう?って思わず想像をたくましくしてしまう。で、卒論作成中の学生がこのサイトで依頼すると、卒論作成の「コーチ」が派遣され、例えば、1回6000円で計5回3万円コースといった有料の指導を受けることもできるみたいだ。もちろん、「参考」にするため「先輩」たちの書いた過去の卒論をダウンロードできるといったサービスも展開されている。

 で、このレポート関係の会社と、卒論関係のサークルとは、所在地域が重なっていたりして、余計にいろいろと想像をたくましくしてしまう。

 それはともかく、どうして僕がそんなサイトを訪問したかというと、どうやら、冒頭に紹介した当ブログの記事ととてもよく似た文章が、くだんのレポート・サイトに登録されていたからだ。「たけくらべ」の事で少し調べたいことがあってネット検索していて見つけてしまった。もちろん、僕が登録したわけじゃない。

 以下は、そのレポート・サイトで公開されている、「chiba0527」さんが書いたという「たけくらべ」に関するレポートのサンプル(本文抜粋)。

 『たけくらべ』の最終場面における美登利の変貌の原因について。この変貌原因をめぐっては論争がある。それまで、お転婆で愛らしく活発な少女だった美登利が、突然その元気を失う理由について、従来、学界で定説とされていたのは、美登利が初潮をむかえたから、ということだった。それに対して、教科書にもあるように佐多稲子は「『たけくらべ』解釈への一つの疑問」(昭和60年・5「群像」)で、初潮程度であの美登利が変貌するわけはないだろう、変貌の理由は、美登利が初めて客をとって処女でなくなったからだ、という説を出した。

 次に引用するのは、僕の書いた記事からの抜粋。

 今回は「たけくらべ」の最終場面における美登利の変貌の原因について少し思うところを書いてみたい。この変貌原因をめぐっては論争がある。それまで、お転婆で愛らしく活発な少女だった美登利が、突然その元気を失う理由について、従来、学界で定説とされていたのは、美登利が初潮をむかえたから、という説明だった。それに対して、初潮程度であの美登利が変貌するわけはないだろう、変貌の理由は、美登利が初めて客をとって処女でなくなったからだ、という説が出された。

 うーむ、この記事自体は、あんまりレポート向けの体裁じゃないんだけどなぁ。文体も変だしね。抜粋以外の部分はどうやってまとめているんだろう。ちょっと気になるなぁ。
 ほとんど私の文章を丸写ししてくれているのに、三つめの文の末尾だけが、「説明だった」から「ことだった」とわざわざ改変されているのも気にかかる。それも、なんとなく「chiba0527」さんによる改変後の方がすんなり読めて気持ち良いってのが、ちょいと癪だ。
 ダウンロードしてぜひともレポートの全文を読ませてもらいたいけど、そのためにwebマネーを買ってきて支払うのはちょっとイヤだなぁ。サイトを運営している会社に依頼して、全文のファイルを送ってもらおうか。


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2008/02/01

福山・鞆の浦

 福山への帰省
 
 先日、事情があって、実家のある広島県福山市に帰省した。もうかれこれ7、8年くらい帰省してなかったから、今回久しぶりに福山の街を歩いてみて、なかなか感慨深かった。といっても、滞在時間が5時間程度のとんぼ返りだったから、あまりあちこちを訪ねることもできなかったのだが。まあ、久しぶりに帰るからこそ気づく街の変化もあるとは思った。

 なによりも印象深かったのは、中心市街地の衰退ぶりだった。商店街は壊滅的だ。再開発計画もあるようだが、それがかえって致命傷にならなきゃよいが。
 
 一方、郊外に立地する出身高校の周囲には、ロードサイド店舗が激増していた。高校生の頃はまだ田んぼもあったのに。その頃、幹線道路沿いにポツポツと増えつつあったそうした店舗が、今は裏道の方にも広がっている。かつては点々と散在していたそれらの店舗が、次第に連続的な街区を形作りつつある。ロードサイド店舗群における市場性の芽?

 鞆の浦の問題
 
 今、なにかと「業界」内で話題になっている鞆の浦には行く時間もなかった。鞆の浦は福山市内にある。せっかく自分の故郷の問題なんだから、少しまじめに考えてみてもよいかなとも思うのだが、なかなかなぁ。
 
 おそらく、福山の人たちの少なからぬ部分は、歴史的景観の保全なんかよりも、道路橋や埋立地の早期建設を歓迎している。実際、建設推進派は鞆の浦の住民の9割以上の署名を集めている。この署名については、狭い地域社会内のしがらみを利用して集められたものだと批判する声が「業界」内にもあるみたいだが、思うに、その「業界」団体などが協力して集めた反対署名の方にも何かと問題があるんじゃなかろうか。それが、鞆へ行ったことがないとか、鞆が広島県のどのあたりにあるのか知らないとかいった人にまで、「業界」内のツテで頼んで集めた署名だとしたら、どっちもどっちという気がする。

  「鞆の明るい将来は歴史的景観を活かした観光地化にある。」といった類の無責任な外野の発言にもかなり違和感を感じる。バブル期のリゾート開発業者じゃあるまいにね。観光地として鞆の地域経済が潤うには、鞆が短時間通過型でなくて宿泊滞在型の観光地になる必要があるが、そんなことは本当に可能なのか?かなり難しいと思う。たとえば、鞆が日本各地にある三セク系がらがらテーマパークみたいな町になるのは、福山市民にとって最悪の事態だろう。

 うーん、やっぱりたまには帰省してみないといけないな。

付記:
 えっ、鞆の浦の問題って何?って人も多いでしょうから、簡単に説明を。 福山市の南端、海岸部にある鞆という町の真ん中を県道がはしっているのですが、これがめちゃくちゃ狭くて車もすれ違えない。そのため、海の方に橋を架けたり埋め立て地を造ったりしてバイパス道路を通そうという計画が立てられた。しかし、海上に橋をかけると、稀少な歴史的景観である鞆の港湾風景が損なわれてしまう。そのため、計画推進派と計画反対派とが対立した状態が発生。この問題について、ネットで検索しても、反対派側の情報がほとんどで、問題の具体的な構図がなかなかつかみにくいのですが、とりあえず、こちらの記事や、こちらの記事などを参照のこと。

付記2:補足記事をかきましたのでそちらもご覧下さい。「鞆の浦の問題」

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