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2004/12/28

巡見~江戸を縦貫する1 投げ込み寺

 「浄閑寺の骨壺」
 
 巡見のスタートは三ノ輪の浄閑寺。亡くなった吉原の遊女の投げ込み寺として名高い。

 11月のとある日。午後2時、地下鉄日比谷線の三ノ輪駅の3番出口の改札外に集合。駅前の大きな交差点からみてちょうど駅出口の裏手すぐのところに浄閑寺はある。本堂などの建物はおそらく戦後に建て直されたもので、門をくぐって入った境内の風景は意外に明るい印象。でも本堂脇の入り口から進むと、やはり暗く寂しい墓地の光景。
 遊女屋らしき屋号が刻まれた墓石には女性の戒名がならび、またそれに混じって、幼児のものとおぼしき戒名も。水子のものなんだろうか?ここには何度もきたが、いつも身が引き締まる気がする。

 浄閑寺は明暦元(1655)年開基と伝えられる。明暦3(1657)年の明暦大火後、日本橋葭町(葭原)にあった遊郭が浅草に移転して新吉原となる(ただし移転計画は大火前から)。新吉原の遊女のうち無縁で没した者の多くはこの浄閑寺ほか2ヶ寺に埋葬された。浄閑寺には寛保3(1743)年以降の過去帳が残されているという。同寺に埋葬された遊女は、推定で2万5千人にのぼる。安政2(1855)年の大地震で亡くなった遊女のうち約千人の遺骨が一つの穴に投げ込まれるように葬られたことから、投げ込み寺と称されるようになったといわれる。
参考文献:三の輪町史編さん会編『三の輪町史』(1968年)

 さて、無縁仏となった遊女の供養塔は本堂の裏手にある。先ほどみた遊女屋が建てたらしい墓に眠る遊女たちは、こうして無縁仏として供養塔に葬られた遊女とくらべると、まだしあわせなのかもしれない。まあ、死んでしまえば同じかな。

 供養塔の側壁にある小さな窓から内部をのぞく。薄暗い通路が地下へ続いているようだ。その通路の脇にしつらえられた棚には、骨壺らしき瀬戸物の壺がたくさん並んでいる。薄暗い穴の中にぼんやりと浮かぶたくさんの壺の肌の白さが脳裏に焼き付いてしまった。間違いなく一生忘れられない光景だ。

 墓守をしているおじいさんの手がすいているようなら、ぜひ案内を乞うてみると良いだろう。名高い遊女や、心中して隣り合わせに葬られた遊女と客の墓などをみせてくれると思う。

 浄閑寺をあとにして、次はちょうど酉の市でにぎわう鷲神社へ。『たけくらべ』の町です。

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