« 巡見~江戸を縦貫する7 山谷って聞いたことある? | トップページ | 巡見~江戸を縦貫する8 隠蔽された山谷 »

2005/01/30

読書ノート1~阿部和重『シンセミア』

阿部和重

最近、とあるところで知り合って仲良くしてもらってる友に、その友と同郷の阿部和重という小説家が面白そうだと教えてもらった。阿部和重は近作『グランド・フィナーレ』が芥川賞を受賞したから、名前を知ってる人も多いのかな。

阿部は、自分の出身地、山形県にある神町という実在の小さな町を舞台にして、いくつか作品を書いている。芥川賞を獲った『グランド・フィナーレ』もそのひとつ。ディープなロリコンであることがばれて妻と娘に去られた男が、故郷の神町に帰る。そこで出会った二人の小学生の女の子と親しくなって・・・というお話。


歴史小説『シンセミア』

さて、今回読んだ『シンセミア』は、その神町という町を舞台に、というより、神町の社会そのものを主人公にした小説である。歴史小説と呼ぶのがふさわしいかもしれない。神町には戦後アメリカ占領軍の基地ができる。この占領軍との関係を梃子にして町の実力者にのしあがったグループがあった。こうして彼らが作り上げた町の社会・権力構造は、今、まさに崩壊しようとしている。産廃処理施設をめぐる抗争、盗撮組織の暗躍、売春、淫行、ドラッグなどなどがグルグルと渦を巻いて、町の旧来の秩序を崩していく。

上・下2冊、1600枚の長編全体にわたって、おおよそ救いがたいエピソードがえんえんと積み重ねられていく。唯一美しいのは、ノアの箱舟の話を念頭にして書かれた、町を襲う大洪水の話で、雨があがったあと、盗撮グループを抜けようとしているパン屋の若旦那が妻を追って山に登ったときの情景である。雲間から差す陽光の帯のごとく、希望の光が物語にも差し込むかと思われる。だが、結局、夫婦は新世界の存在を確かに告げてくれるはずの鳥を見つけることができない。

戦後史

若旦那のパン屋の戦後史が、この小説のひとつの軸である。占領軍の基地に出入りし、また、アメリカの占領政策ともうまく結びついて大きくなっていったパン屋は、一方で、町の政治やヤクザの世界と裏でつながる。こうして町のボスのひとりとなったパン屋の初代と二代目。若旦那はそうした家の宿命から逃れようともがく三代目である。

この小さな町の話を、ぐうっと拡大して戦後日本社会全体のあり方にあてはめることは容易である。また、山形以外のどこか別の地方都市にだぶらせることもできる。この本が語る神町フォークロアは戦後日本において相当に普遍的なフォークロアである。

さて、本を読み終えて得られるのは、感動やら爽快感やらとはかけ離れた、グッタリするような読後感であり、「こんな小説は嫌いだ。」と文句言う人も多いだろうが、そうした読後感とは無関係に、また本人の意思とも関係なく、読み終わった人の意識の深いところに必ず決定的な何かを残す小説だと思う。

阿部和重『シンセミア』上・下(朝日新聞社2003)

|

« 巡見~江戸を縦貫する7 山谷って聞いたことある? | トップページ | 巡見~江戸を縦貫する8 隠蔽された山谷 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/72525/2752024

この記事へのトラックバック一覧です: 読書ノート1~阿部和重『シンセミア』:

« 巡見~江戸を縦貫する7 山谷って聞いたことある? | トップページ | 巡見~江戸を縦貫する8 隠蔽された山谷 »