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2005/02/02

巡見~江戸を縦貫する8 隠蔽された山谷

西澤晃彦さん

ドヤ街山谷(さんや)について書かれた本はそれこそ山のようにあるが、私のおすすめは社会学者の西澤晃彦さんの『隠蔽された外部-都市下層のエスノグラフィー』(彩流社1995)である。
都市内の部分社会に注目し、「ズボンの尻を汚す」ことで、つまり対象に密着した実地調査をおこなうことで、部分社会ごとの実態を緻密に描き出していくシカゴ学派。現代都市社会が画一的・均質的なものであるという妄想・知的怠慢・想像力欠如を排し、シカゴ学派の仕事の価値を再び評価し実践する西澤さんの都市社会学には強い共感をおぼえる(そのうちファンレターを書こうと思っています)。
一方、現代社会について考える上で、吉原やら山谷やらの特殊社会に注目して何の意味があるの?なんて寝ぼけたことをおっしゃる“普通”やら“一般”やらを自認する方々に対しては、どうしようもないくらい対話の困難さを感じる。


山谷の戦後史

この西澤さんの本の第1章「都市下層の隠蔽―上野公園から寄せ場・山谷へ」からドヤ街山谷の形成史の要点を以下にまとめる。
山谷は戦前から木賃宿が集まる地域であった。戦後、昭和20年代はじめの上野「浮浪者」の狩り込みがおこなわれる。その際、東京都は、山谷および深川のかつての木賃宿経営者に、浮浪者収容用のテント・ベッドの貸し出しを実施する。それを契機に山谷は簡易宿泊所の集中する地域となり、様々な人を飲み込む街となった。この時点では、多様な都市下層の結節点としての寄せ場・山谷が成立する。しかし、その後、①山谷の人々の生活空間の限定-隔離の強化(山谷周辺地域における「立ちんぼ」寄せ場=青空労働市場の排除、山谷への限定)、②再分離・再隔離として売春婦(とそのヒモ)の山谷からの追放、③世帯宿泊者の分散移転(子どもたちを“救う”ため、家族で山谷に暮らす者たちを各地の都営住宅特別枠などへ分散収容する)。以上①~③によって、多様な都市下層の結節点・山谷はその姿を変え、男性の単身日雇い労働者の街へと純化させられたのである。こうして外部化され、治療され、無効化された山谷は、都市社会において隠蔽された存在となる。


再び吉原を振り返ると

そういえば、西澤さんは言及していないが、土手通りを挟んで山谷とは線対称の位置にある吉原も、現代において「純化」・「隠蔽」された地域社会だといえるだろう。この地にかつてあったエンターテイメントやグルメといった多様な要素は取り去られ、売春の街として純化していった。今日ソープランドの客と女性“コンパニオン”との間では、たいがい、事前・事後のちょっとした世間話などをのぞくと、基本的には性の売買がおこなわれるのみであろう。こうして吉原は、山谷と同様に(そして、何かと注目される新宿歌舞伎町と対蹠的に)、都市社会において隠蔽された存在となっていったのではないか。といったことを今ここで書きつつも、我ながら眉にツバしている。やっぱ、吉原の現代史研究は必要だ。

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コメント

私のブログ記事(NHK「フリーター漂流」を見て)へのコメント有難うございました。思わぬプロフィールの方からコメントを頂けて嬉しい驚きを感じています。

釜が崎に興味を持ってたので、つい山谷の記事にコメントを書いてしまいますが(笑)、僕は故・網野善彦さんのお仕事がとても好きでした。(著作全部は読んでませんが。)3月から東京に3ヵ月程仕事で滞在するので、またこちらのブログを街歩きの参考にさせていただきます。

投稿: 佐藤晶 | 2005/02/10 13:32

佐藤さん、コメントありがとうございます。網野さんがお好きなんですか。私も好きです。少し前、網野さんの岩波新書の本をテキストにした大学の授業計画書を書きましたが、残念ながら幻の授業となりました(この計画書、実は教員公募への応募書類。みごと不採用でした。むろん不採用は網野さんのせいじゃありませんが)。それにしても、NHK「フリーター漂流」はすごい番組でした。録画しなかったことを悔やんでいます。
非常勤先の講義「都市論」で、都市開発や町づくり、地域再生などをテーマに、学者さんやらコンサルタントさんやらの文章を学生さんたちと一緒に読み色々考えているところですが、今日、佐藤さんのブログを初めて拝見してよい刺激をたくさん受けました。ありがとうございます。

投稿: 小林信也 | 2005/02/10 15:27

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