« シリーズ『週刊日本の伝説を旅する』を読む その1 | トップページ | 教えて!阿部和重『シンセミア』なぜ鶲なの? »

2005/02/06

小経営の可能性1

近所の商店街における死

最近、近所にあった2軒の本屋が両方廃業した。2軒とも個人経営の小さな本屋で、時々文庫本や雑誌を買いに行ったりしてた。廃業後は自転車で少し行ったところにあるシネコンにできた紀伊国屋書店にもっぱら出かけるようになった。たぶん、この紀伊国屋の出店が、ここら辺の小さな本屋にとどめをさしたのかもしれない。


僕の葬式

かわって近所に新しくできて目立っているのはセレモニーホールである。もともと家具屋だったところがセレモニーホールになった。ちなみにその隣にあった銀行の支店も撤退してかわりに石材屋さんが建った。セレモニーホールと石材屋さん。タイアップしてるのかな。もしかして自分がこのままこの町で暮らし、そして死んだら、ここでお世話になるのかな。うちの家族を助けて僕の葬式を滞りなく進行してくれる隣近所なんてありはしないから。


山口啓二先生

さて、もう10年以上も前だと思う。山口ゼミというものに一度参加させてもらえた。この山口とは山口啓二さんのことである。いうまでもなく最大級の近世史研究者。山口ゼミとは、山口さんのお弟子さんたちが開いた自主(?)ゼミ。
そのときの山口さんのお話で今でも頭に焼き付いているのは、次のような内容である。「近世とは農・工の小経営が満面開花した時代である。それ以降、この小経営こそが日本社会の基礎であり続けた。そして、いま現在、小経営の解体が時代を大きく変えようとしている。」というお話。

それ以来、近世が小経営の時代であるなら、僕の専門領域である近世都市において小経営とはどのようなものであって、それが近現代においてどのように展開し、そして現在、どういった状況にあるのか、という問題が自分の最大の研究関心のひとつとなった。

小経営とは、単婚小家族を中心とした家業的経営とでも言い換えられるのかな。間違ってたら誰か訂正してくださいませ。


近世史研究者の義務

小経営を基礎とする社会構造が日本社会の特徴である。そして、それは近世に成立し、今まさに滅びようとしている社会構造である。もしそうならば、多少とも近世史をかじった者は皆、古文書や歴史研究論文を読む目をちょっとあげて周囲を見回し、我らが「近世」社会の現代における末路をしっかりと見届ける必要があるのではないか。それとも小経営が再生していく道はありえるのか。それを探ってみる必要もあるだろう。

うまく話が続けられるかわからないけど、少しこのテーマで記事を連載してみることにしたい。えらく間隔のあいた連載になるかもしれないけど。

同業者からのご批判をお待ちしております。

|

« シリーズ『週刊日本の伝説を旅する』を読む その1 | トップページ | 教えて!阿部和重『シンセミア』なぜ鶲なの? »

コメント

わたしが最近興味をよせている巣鴨商店街では、文久元年(1861)「巣鴨町軒別絵図」記載240軒中のご子孫はわずか数軒。もちろん渡世をしていないお店は1軒のみ。それでも残っているだけすごいですね。

http://takaoyoshiki.cocolog-nifty.com/edojidai/2005/01/post_7.html

また明治・大正以来というお店もあります。そのなかには、有名コンビニの傘下になって看板を外し、辛うじて「小経営」を維持するお店もあります。
六地蔵・とげぬき地蔵など、観光名所として成功した場所であることが原因でしょう。もちろん、その成功は、お寺と地元の団結ぶりに与るものであることは、いうまでもありません。

それにしても、江戸時代に巣鴨にいて、ほかの土地に移ってしまったお宅は、いまどうしているのか? その土地でまだ小経営を維持しているのかどうか、これから調べようと考えています。

投稿: | 2005/02/06 13:56

ごめんなさい、投稿者は高尾です。

投稿: 高尾 | 2005/02/06 13:57

 高尾さん、コメントありがとうございます。
巣鴨は本当に面白そうですね。
 高尾さんが注目されている、個々の小経営体(ここのお店=家)が近世以来連続しているかどうかという点も重要だと思いますが、まあそれは稀な例でしょう。商家の場合、近世であっても近現代であっても、その家が2代も続けばまずは御の字でしょうから。個人的には、例えば巣鴨商店街なら巣鴨商店街という、特徴的な地域社会構造の歴史と現状に関心をもっています。
 あと、巣鴨であれば、ご指摘の商店街と寺の他に、豊島市場の存在も興味深いです。また、露店商集団も重要かと。巣鴨の露店商については、山谷巡見の記事で紹介した西澤晃彦さんの『隠蔽された外部』(彩流社1995)の第4章、あるいは西澤さんも執筆者の一人となっている倉沢進編『大都市高齢者と盛り場―とげぬき地蔵をつくる人々』(日本評論社1993)が面白いです。
 やっぱり、商店街(表店?)・市場・露店(床店葭簀張?)営業地の組み合わせですね、とか言いながら、だんだん自分の研究テーマに引き寄せてしまいましたが(笑)。

投稿: 小林信也 | 2005/02/07 04:44

ご教示ありがとうございます。西澤さん・倉沢さんの本、早速読んでみることにします。

投稿: 高尾 | 2005/02/07 08:24

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/72525/2822554

この記事へのトラックバック一覧です: 小経営の可能性1:

» 自伝抄録・祖父の肖像 [梟の森]
自伝抄録・祖父の肖像より 無から無への軌跡 (抜粋/大正関東地震ほか) 小学校、 [続きを読む]

受信: 2005/02/13 09:20

« シリーズ『週刊日本の伝説を旅する』を読む その1 | トップページ | 教えて!阿部和重『シンセミア』なぜ鶲なの? »