« あの有名レストランとは少し違うキャベツとアンチョビーのスパゲッティ | トップページ | シリーズ『週刊日本の伝説を旅する』を読む その2 »

2005/02/17

NHK「フリーター漂流」をみて 中編

 ※「前編」の記事はこちら
 ※追加記事2008.6.11.はこちら
 なお「後編」は未執筆です。

 この番組には、ある中年男性(35歳)のフリーターも登場する。請負会社から送り込まれた工場での仕事に耐えられず、実家に戻った彼に対して、その父親が説教をする。そのシーンも印象深かった。

中年フリーターの希望

 彼はもともと実家が経営する小さな運送会社で両親と共に働いていた。しかし、その運送会社の仕事は月間売上がわずか7万円というところまで激減した。風前のともしびのこの小経営から彼は離脱せざるをえず、請負会社の面接を受け、時給900円(たしかそのくらいだったと記憶している)で北関東にある携帯電話の部品工場へと送り込まれて働き始めるのである。

 工場での仕事は携帯内部の基盤かなんかを組み立てるごくごく単純な作業だが、一定時間内に決められた量をこなすのはそれなりに厳しそうだ。何日かたってやっと作業の要領をつかみ始め、彼の表情にもわずかな明るさが戻り出したある朝、突然何の予告もなく、仲間ともどもそれまでの作業を打ち切られる。チームは解体され彼ともう一人のフリーターは別の工場に回される。次に彼らが従事するのは、作業の都合上、真っ暗にされた小さな部屋で、数人の作業員が朝から晩まで手元の照明を頼りに部品の加工を行うというものである。使用するシンナーが漂っているその小部屋には、どう見てもうちの台所よりチャチな換気扇がとりつけられているだけだ。この工場でも、ある日、それまで山積されていた未加工の材料が激減した。どうやらまた急な生産調整がはじまったようだ。そのうち、彼はまたある朝突然、別の作業場へと回されていったのか。

 工場で技能を獲得し“一人前”の工員になりたいと願う彼の夢はこうして脆くも砕かれる。彼は仕事を辞め札幌の実家に戻った。その彼に運送会社を営む父親が説教するのである。

父親の説教

 どうして辞めたんだ、辛抱が足りないと。仕事がつらくても、誠実に働いてさえいれば、そんなおまえを「見そめてくれる」上司だとかがきっと現れる。その人がおまえを引っ張り上げてくれる。仕事とはそういうものだ、働くとはそういうものだ、といった説教を父親は息子に言い聞かせる。

 彼は父親に反論することもなく、つらそうな表情を浮かべてじっと耐える。おそらく、彼がたらい回しされた工場の責任者たちには、彼の名前すら憶える気もなければ、その機会もないだろう。請負会社の幹部社員が、自分たちの取扱う「弾」のひとつである彼を「見そめ」て、請負会社の正社員に引っ張り上げることもありえない。だが、そういった反論をぶつけることもなく、彼はじっと父親の説教を受ける。

 たぶんこの父親は、これまで、説教の言葉どおり、自分自身がつらい仕事もじっと耐えて誠実に働くことで、こうして小さいながらも運送会社を立ち上げられたのではないか。そういう父親を「見そめ」てくれたお客たちからは時には無理な注文も持ち込まれるが、それを文句も言わずこなす。そうすることで会社を守ってきたはずだ。ところが今では、そんな客も次々と去ってゆき、会社はつぶれようとしている(一ヶ月の売り上げが7万円だよ)。
 
 父親に対してフリーターの息子が反論しないのは、反論したところで理解してもらえるわけがないからという他に、今、絶望的な苦境にいる父親を支えているのは、一生懸命働いていれば必ずいつかは認めてもらえるはずだ、という信念のみだということを分かっているからではないか。それを否定することは、息子としてできなかったのではないだろうか。

私の説教

 私にとってこのシーンが印象深かったのは、この父親の説教とほぼ同じような文句を、かつて私が口にしたことがあるからだ。

 ある友人が、パートの勤務先での人間関係などに悩んだあげく、その仕事を辞めたいと言う。その友人に対する私の言葉は、おおよそ、この父親の説教と同じようなものだった。その友人の勤務先には、いちおう制度としては、パートから準社員へ、そして正社員へ、という昇進コースが設けられている。友人も働き始めはこのコースに期待をしていた。だが、最近の友人の話では、パートのなかには自分より何年も先輩で優秀な人もいるが、誰も昇進していないとのこと。そのうち辞めていくと。

 正月休みもなく、くたくたに疲れ終電で帰宅することも多いその友人は、私の「説教」をどういう思いで聞いたのだろうか。番組に登場した中年フリーターと同じく、この友人も私に反論することはなかった。「頑張っていればいつかは引っ張り上げてもらえる。」と信じる私のことを慮ってのことだったのだろうか。

再び漂流へ

 番組の続き。父親に諭された彼は、ふたたび同じ請負会社の面接を受ける。そこで提示されたのは東海地方の自動車関連工場の仕事だった。彼よりも相当年下の請負会社の男が言う。かなりきつい仕事ですよと。自分に続けられるだろうかと不安げに尋ねる彼に、請負会社の男は冷たく告げる。もうあなたの歳だと仕事を選んではいられないんですよ。

 この番組を見逃した方は、こちらの番組要約をぜひご覧ください。ネットで検索してみつけたんですが、かなり風変わりな(←ほめ言葉です)左翼「紙屋」さんのホームページにすばらしい要約がありました。

|

« あの有名レストランとは少し違うキャベツとアンチョビーのスパゲッティ | トップページ | シリーズ『週刊日本の伝説を旅する』を読む その2 »

コメント

はじめまして。bunと申します。

中野重治氏の作品に同様な場面の
描写がございます。
筆を折って働けそれが人の道だと迫る父と
それを聞く主人公。
それをまず思い出しました。

投稿: bun | 2005/02/19 10:54

bunさん、はじめまして。
コメントありがとうございます。
中野重治さんについては、通りいっぺんの文学史的な知識しかありません。ご紹介の場面は、中野さん自身の投影という要素もあるのでしょうか。
作品も読まずに、何も言えませんが、ご紹介の場面の「父」はどのような仕事で、どのような状況にいたのでしょう?
番組「フリーター漂流」の「父」の場合は、“誠実に一生懸命働いていればきっと認められるはずだ。だからがんばれ。”と息子に説教している彼自身が、いくら誠実に働いてもどうにもならないような深刻な状況に追い込まれつつあります。しかし、彼はその信念を捨てるわけにいかない。その悲しさが胸を打ちました。

投稿: 小林信也 | 2005/02/21 01:21

おそらく中野氏自身の左翼からの
転向経験を投影されているのだと思いました。

父親は、文筆業をしている主人公に対し、
土方などをしている主人公の友人などを挙げ、
あれが人間として全うである、
稼いで食うに困らなくなったら
いくら書いても構わないが
それまでは筆を折れ、と迫るのです。
しかし主人公はただ
「よくわかりますが、
 やはり書いていこうと思います」とだけ言い、
父親は侮蔑してその場をさる、という
場面でした。

これはこの10年、日本のそこかしこで
繰り返されてきた場面だろうと思います。

中野氏はこの場面について、

 主人公の父親は
 「農本主義ファシスト」である

と批判しています。
私も同感でおりますし、
貴殿も同じ意見をおもちなのだろうと
思いコメントさせていただきました。

私もただ「書いていきたい」と思います。

上記の解説は
柄谷(行人)氏の著作に詳しいです。
ごらんください。

投稿: bun | 2005/02/23 21:08

中野重治の著作は手元にありませんが

吉本隆明「転向論」『マチウ書試論/転向論』講談社文芸文庫1990

にも触れられていましたので引用します

「中野重治はこのような転向者、非転向者とは違う立場にあった。「村の家」において転向した勉次をたしなめる父親孫蔵の論理は、日本の封建制の論理である。それは、革命を主張したあげく死を恐れて転向するくらいなら、はじめから何もしないほうがましだという大衆的な論理である。それに対立して書き続けていこうとする勉次=中野重治は、日本の封建制に屈服しながらも、それを対決すべき実体をつかみとる契機としている。このように吉本は転向を三つにわける。それは封建制のまえに屈服する佐野・鍋山のタイプと、封建制との対決を回避する蔵原・宮本のタイプ、封建制に対する敗北を契機としてそれと対決する中野のタイプである。そして吉本は中野のタイプの転向を優位におく。」

作品名は「村の家」でした。

投稿: bun | 2005/02/23 21:27

bunさん、ご教示ありがとうございます。

番組に出てくる父親の説教の論理については、これを何と名付ければよいのか、理論に疎い私には見当がつきません。おそらく、20世紀日本にあっては、資本制社会の発展を支えることになった労働の価値観なのでしょうが、その価値観・論理が、この父親の周囲においては崩壊し始めているわけです。滅私奉公してきた会社で窓際に追いやられ、リストラの日が迫っているサラリーマンが、フリーターをやっている息子に対して、それでも、「ちゃんとした会社に就職して頑張って働け。そうしなければ、おまえの将来は保証されないぞ。」といった説教しかできない、といった類の悲劇でしょう。

番組に出てくるフリーターの息子は、さらに悲劇的な状況だと思います。彼自身も、父親の説教の論理自体は否定したくないわけです。工場で技能を磨いて一人前の工員になる、というのが彼の夢、叶わぬ夢です。その点、志を抱いて父親の論理と対決できる勉次=中野は、このフリーターと比べると幸福であるとさえ言えるかも知れません。フリーターの彼が嫌い、忌避しているのは、自分がやっているようなフリーター的労働です。しかし、彼はそのように自己の労働を否定しながらそれで生きるしか途がない。極限的に苦しい状況です。それを理解してくれない父親と向き合った彼の態度は、一見すると、怒り・あきらめといったものですが、もしかしたら、そこには、苦しい状況にいる父親へのいたわりや優しさが混在しているかもしれない、というのが、深読みすぎかもしれない私の感想です。

愛知の自動車工場へと旅だった彼は、その後、どうなったんでしょう。気になります。

投稿: 小林信也 | 2005/02/23 23:23

極限的に苦しい状況です。それを理解してくれない父親と向き合った彼の態度は、一見すると、怒り・あきらめといったものですが、もしかしたら、そこには、苦しい状況にいる父親へのいたわりや優しさが混在しているかもしれない、というのが、深読みすぎかもしれない私の感想です。

愛知の自動車工場へと旅だった彼は、その後、どうなったんでしょう。気になります。
----------------------
深読みではないでしょう。
私は番組を拝見していませんが
おっしゃる通りだろうと存じます。

私の住む隣の町ですが
私は工場の実情を知っています。
若さと体力だけが救いです。

投稿: bun | 2005/02/24 12:51

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/72525/2970352

この記事へのトラックバック一覧です: NHK「フリーター漂流」をみて 中編:

« あの有名レストランとは少し違うキャベツとアンチョビーのスパゲッティ | トップページ | シリーズ『週刊日本の伝説を旅する』を読む その2 »