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2005/04/11

「私の研究は面白いですか?」その4

江戸の広場に生きる人々~床店商人とは?
 前回の最後に引用した上野山下の床店商人の家族に関する史料を、もう一度引用します。
江戸の広場に生きる床店商人とは、どんな人たちだったのでしょうか。

 史料は、文蔵という床店商人を「孝行息子」として表彰する町奉行所の申渡しを記録したものです。

史料(天保13年12月20日付)
「その方のことであるが、父の文蔵が古道具古鉄物の商売で上野山下の床店へ毎日通っていたところ、幼い頃から朝に夕に商品を持ち運んできた。父母のいうことには背くことはなかった。ところが、去る子年の正月から父文蔵は癪気がひどく寝込んでしまった。その折には昼夜おこたりなく看病し、母と一緒に薬を飲ませて手当をしてきたが、その年の五月には父親が病で亡くなったため、力蔵から文蔵へと改名し、上野山下の床店へ毎日商いに出るようになり、帰宅したなら深夜まで古釘を直して、少しばかりの賃銭を得てきた。母も洗濯物などの仕事をしてきた。その方は、母の好物を買ってきたり、父親の命日には母を伴い菩提所へ墓参りに行ったりしていた。ところが、去る巳年(丑年?)八月には母が眼病になったので、薬を飲ませ手当をおこなってきた。アワビのわたは眼病の薬だときいて、毎日それを買ってきては母に食べさせたが、同年の十月下旬には盲目同様になり、その上、全身に吹き出物が出て、立ち居もできなくなってしまった。床店へ商いに行く間は、同じ敷地の借家に住む従妹のすへに母のことは万事気をつけさせていたが、今年の春に上野山下の床店が撤去されてしまったため、同所の路上で商売をするようになり、雨のときには(商売ができなくなったため)手紙の使いなどをして賃銭をもらい、その日その日を送っている。母の眼病の全快を毎日神仏に祈り、貧苦をいとわず、一途に孝心をつくしていることは、若者としてとりわけ奇特であるため、褒美として鳥目十貫文をとらせる。」


父子
 床店の商品は、朝、家から店へ運び入れ、夕方、店じまいの後は、また家へと持ち帰らなくてはなりません。文蔵父子が売っているのは古道具や古鉄物。ノコギリや金づち、釘などを店に並べていたのでしょう。朝夕の運搬はかなり重そうです。
 それぞれ持てる限りの重い荷物を背負った父と子が、それでも楽しげに話をしながら、夕暮れの家路をたどる姿が目に浮かびます。「父ちゃん、今日はたくさん売れたね。いつもこんなだと帰りの荷物が軽くて楽ちんだな」。夕日は上野のお山の向こうへと沈んでいきます。微笑ましい光景ですね。

働く文蔵
 そんな父を失った力蔵こと文蔵。その時、彼がいくつだったのか史料からは分りません。若くして一人で床店を切り盛りすることになった彼は、十代なかばくらいだったかもしれませんね。
 床店での商売を終えると、彼がひとりで荷物を家に持ち帰ります。肩に喰いこむ荷物の重さに耐えながら、口をキッと結んで歩く彼の横顔は、もう大人の表情です。
 家では、曲がった釘をまっすぐに直す内職仕事が待っています。おそらく、床店で売る古道具・古鉄物を仕入れる先の商人が彼にくれた仕事でしょう。

母の病
 母は、日中、洗濯仕事をしています。近所で一人暮らししている若い男の職人などが客なのでしょう。
 ところが、父に続いて、そんな母をも病が襲います。眼の病です。同様の史料を読んでいると、当時、庶民の間では眼の病に苦しむ人の多かったことが分ります。網膜や角膜の疾患になすすべがなかったのはもちろんのこと、例えば、眼に雑菌が入っても今と違って抗生物質などもなく、適切な消毒処置も施されないままなのでしょう。そうして視力のほとんどを失う例が少なくありません。
 懸命の文蔵には悪いけど、たぶんアワビの内臓はあまり有効ではなかったかも。

床店撤去
 そんな文蔵をさらに苦しめるのが、天保13年春の床店取締です。上野山下の床店はすべて撤去されます。文蔵は仕方なく路上で商売をするようになります。おそらく、それまで床店があった場所の近くに莚などを敷いてその上に商品を並べたりしたのでしょう。床店があれば、屋根もついていますから、少々の雨は平気だったのですが、今は雨の日の商売は休みです。そんな時も、手紙使いなどの仕事を引き受けてお金をかせいでいます。電話もネットもない当時、商用もふくめ、手紙使いの需要はかなりあったようです。
 苦境の文蔵をさらに苦しめたこの床店取締は、老中水野越前守が推進する天保改革の一環です。この問題については、水野の敵役、遠山の金さんこと、町奉行の遠山左衛門尉にも登場してもらって、次々回あたりに少し検討してみましょう。
 
 次回は、今回読んだような暮らしぶりの文蔵たち家族が、当時の江戸の町人社会でどのような位置にあったのか、お話します。

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コメント

大変面白いです。今の日本はスーパーや百貨店が受難でSOHOなど自営業に視点がシフトしてきていると思いますので現在の世の中にも需要の多いご指摘だと存じます。次回も楽しみにしています。

投稿: bun | 2005/04/11 12:47

早速の(本当に早速の)コメント、ありがとうございます。励みになります。

「SOHOなど自営業に視点がシフトしてきていると思います」

bunさんのおっしゃるとおりですね。
これから30年くらいたって、今や流行おくれのビル群と化した六本木ヒルズで、かつて高級ブランド店が使っていたテナントを、何軒もの小さな古着屋が分割して商売している光景や、高級レストランのホールがやはり分割され、屋台みたいな小さな店がそこに充満している姿なんかを夢想してます。

投稿: 小林信也 | 2005/04/11 13:08

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