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2006/02/03

お江戸日本橋の魅力とは? その9

景観からの疎外

 前回、前々回の記事で、景観からの疎外という問題について、二、三の素材をあげ、ごく簡単な検討を試みた。

 地域社会に生きる人々が景観から疎外される、という問題的状況は、現在、ますます深刻化しているように思う。

 都市広域のグランドデザインをお役人や「専門家」が策定し、その中の街区開発は大手のデベロッパーが専横する。そして、そこに建つ新しいビルの外観は、デベロッパーが選んだ、遠隔の地に暮らす建築デザイナーたちが考え、その内部のテナントの外装・内装は、例えばそのテナントがもしコンビニであれば、コンビニチェーンの「本部」が細部まで決定する(これがコンビニやファストフード店ではなく、それぞれ「個性的」なたたずまいのブランドショップなどであっても、大筋で同じことだろう)。

 こうして、マクロなレベルからミクロなレベルにいたるまで、地域に生きる人々をほぼ疎外しつくして作り出された景観が、東京の「最先端」とされる都市空間においては共通して見いだせる。

模造される多様性やディテール

 実際に地域に生きる人々を疎外して遠隔の人々がコントロールする景観に、多様性やディテールは生まれない。出来の良いテーマパークみたいに、もしそこに多様性やディテールのように見えるものがしつらえられていたとしても、それは多様性やディテールの模造に過ぎない。

 次に考えなくてはならないのは、地域に生きる人々とは誰のことをいうのか、という問題である。「地域に生きる人々」と認定されるためのハードルの問題である。

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コメント

しばらくコメントできなくてすみませんでした。。

まるで「ダム建設で沈んでしまう村」のような感じ、つまり「自分の村が他人によって水の底に沈んでしまう」のと同じような感じです。
その場合は景観ではなく、「その場所」から存在を消されてしまうので、日本橋とはまたワケが違うのでしょうが…

今回の日記に関して、今日のある授業で「東南アジアのリゾート」を採り上げていたのですが、そのような一般的に言う「リゾート」も「日本橋」とそう変わるものではないのでしょうか?

投稿: イシザキ | 2006/02/04 00:47

レポートご苦労様でした。まだ試験かな。
「東南アジアのリゾート」について、詳しくは知りませんが、授業で扱われたのは、テーマパーク的な装いの観光地化の問題でしょうか。そうした観光地化が、地元の人々によって進められ、儲けも地元の人々の懐にたくさん落ちているのなら、まだわずかな救いはありますが、クラブなんとかみたいな、外在的な資本の完全コントロールによる観光地化なら興醒めですね。実際、そうした遠隔コントロールの観光地の方が、しつこい客引きもいないし、建物のデザインも美しく、一見洗練されていたりもするのでしょうが・・・。
そりゃそうと、最後の巡見、来週の火曜午後あたりはいかが?また詳しいことが決まったら連絡します。商い中の東証や、六本木ヒルズ、アークヒルズなどを見て回りたいなと。

投稿: 小林信也 | 2006/02/07 23:56

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