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2006/09/26

お江戸日本橋と都市景観 補遺

小泉総理の任期切れで、例の日本橋再生事業の話はうやむやになるのか、はたまた、「美しい国」づくりとやらの一環にうまくはまり込んで実現に向かうのか。まあ、どうでもいいような話といえばそれまでだが。

 とりあえず、総理の任期切れスレスレのタイミングで、「日本橋川に空を取り戻す会」と名乗る「有識」者会議からの「総理への提言」がまとまったようである。こうして具体化してきた再生事業プランをみて、あらためて思ったことを少し書こう。(本来、以下のような批判的内容の記事から無断リンク張るのはマナー違反かもしれないが、この「提言」自体、公的な性格をもっている訳で、それに対して納税者の一人としての意見を書いた記事からリンクするくらいは、まあ、許されるだろう。「提言」の内容はこちらをクリックして読んでくださいな。)

 この「提言」では、日本橋再生事業がいかに儲かる事業であるかということが、念入りに説明されている。なんでも、2兆、3兆円といった経済効果=儲け話が予測されるから、事業はぜひとも実施すべきなんだそうだ。

 そして、この日本橋再生事業では、パブリック・プライベート・パートナーシップという、新しい事業手法をとることが望ましいと「提言」されている。

 再生事業が実施されると、不動産とかでボロ儲けする人が出てくる。将来的にそうしたボロ儲けの一部を還元させて事業費用にあて、国の支出を軽減する。これがパブリック・プライベート・パートナーシップという新しい手法だそうだ。
 残念ながら、私にはどこが新しいのか、さっぱりわからない。もしも、ボロ儲けする人や儲けの額なんかが予想より少なかったらどうするんだろう。結局、税金で穴埋めするしかないのでは?今の「景気回復」とやらはあと十年二十年と持続するの?ありもしない通行量増大や地域経済の発展をあてにして高速道路やら長大橋やらを建設する従来の手法と、その基本はあまり変わらないようにも思えるのだが。

 また、悪意をもって解釈すれば、つまるところ、借金まみれの国に税金つかわせておいて、自分たちばかりがそんなにボロ儲けしちゃったら気がとがめるだろうから、儲けた人たちにも、せめていくぶんかは事業費用を負担してもらおうってことじゃないだろうか。そんな負担(見込みだと二千億円に近い)を引き受けてでも、今回の再生事業は、日本橋で不動産やってる人たちにとってメチャクチャおいしそうな話なんだということが、ホント、よーくわかる。

 そして、この手法のもっとも重大な問題は、事業自体がそうした金儲け目的へととめどなく傾いてしまうことにある。金儲けを阻害する要素は、支出増大の原因として、事業内容からは極力取り除かれていくだろう。
 
 例えば、「提言」では、川沿い部分には公園や低層の建物で開放的な空間を確保して、その余剰分の容積率を「隣接区域」に移すというが、でもどうやら、川岸から数十メートルも離れちまえば、そこはもう「隣接区域」になってしまうらしい。そして、この「隣接区域」=川沿い区域では、かつてなかった高層の巨大なビル建設を可能とする規制緩和が実施され、お決まりの都心再開発がハメを外して進められるだろう。隣接区域における高層ビル建設の禁止・抑制という、本来、景観問題からすると必須とも思える措置は、今回の日本橋再生事業の構想のなかにはどう間違ってもつけ加えられることはないだろう。

 景観再生のための事業の結果、高層ビルが増加する。そんな誰が聞いても矛盾した話が、大まじめで語られている(結構リアルで力作の完成予想図において、なぜかそれら高層ビルの姿だけが淡い灰色でぼかして描かれている。しかも、周囲のビル群が一番視界から外れるアングルが多用される。)

 前にも書いたとおり、同じ景観阻害要因であっても、日本橋地域の金儲けに寄与しない首都高の高架は何が何でも退治するが、日本橋地域に金儲けをもたらしてくれる高層ビル建設は大歓迎する、というのが、今度の再生事業の主な中身だろう。
 そして、経済効率を犠牲にしてでも景観や文化・歴史を優先する、とかいった、文化人好みの当初の高邁な理念は、今回の「提言」からは、跡形もなく消えさっている

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2006/09/22

運動会というお祭り

 運動会のシーズンである。うちの子供たちも学校でダンスやらかけっこの練習にいそしんでいる。

 ふと、自分の運動会の思い出を振り返ってみる。もちろん幼稚園や学校の運動会も記憶にあるが、意外と強く印象に残っているのは、住んでいた町内の運動会や、父親の勤務先の社内運動会である。
 学校の運動会では、がんばって走っても何の褒美もなかったが(もしかしたら、ノートや鉛筆ならもらったことがあるかもしれないが)、町内運動会や社内運動会だと、お菓子の詰め合わせなどがもらえてうれしかった。
 大人たちが血相変えて転びながらリレーをやってる姿も印象的だったし、学生時代に陸上をやっていた父親の活躍が誇らしかった記憶もある。
 それから、町内運動会や社内運動会の場合は、会場の入り口付近にテキヤの屋台が何軒か並んだりすることがあり、それをひやかすのも楽しみだった。

 ああした町内運動会や社内運動会は、今、どうなったんだろう。
 多くの地域社会が、コミュニティーとしての実質を喪失した今、町内運動会なんて消えゆく運命なのか。いわゆる日本型雇用を放棄し、コミュニティー的機能を捨てていく会社の倉庫で、使われなくなった万国旗は埃をかぶっているのかな。
 あるいは、新人研修では駅前で大声をはりあげて歌わせたりする会社なんかが、今ごろも社内運動会の予行演習に熱を入れているんだろうか。

 そうした町内や社内における運動会という祭の歴史がちょっと気になった。学校や地域の運動会について、「近代」イデオロギーなんかとからめながら分析した研究ならありそうだ。
 社内運動会の歴史や現状に関する研究があればちょっと読んでみたいな。

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