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2008/02/29

最近のお気に入り

 なんとなく、最近の“お気に入り”をリストアップしておこう。

 音楽は、安室奈美恵の「ROCK STEADY」と、BENNIE Kの「モノクローム」。
 最近の安室はホントかっこいいねぇ。かつてのトップ歌姫の重荷はエイベックスの後輩たちにお任せしちゃってから後のノビノビと好きなタイプの音楽をやっているって感じがとても良い。歌のうまさは相変わらずだし。昔、フジテレビのウゴウゴルーガって子供番組で鈴木蘭々と一緒に歌っていた頃の伸びやかさを思い出す。もちろん歌う曲は全然違うけど。
 BENNIE K はそもそも大ファンなんで、どの曲も好きだが、今回の「モノクローム」も良い。ドラマ主題歌って縛りもあるんだろうけど、歌詞もよい。よくあるタイプの、若いフリーター・ネエチャンなんかの愚痴と元気づけの歌(個人的には結構それが好き)かもしれないけど、さすがにBENNIE K は質が高いって思う(ひいき目が過ぎる?)。

 あとは、最近見た映画など。「スウィーニー・トッド」、「ラスト・コーション」、「チームバチスタの栄光」といったあたりを見ました。
 「スウィーニー・トッド」は、ともかく映像が雰囲気良くて面白い。冒頭の帆船がひしめくロンドンの港のシーンから引き込まれちゃいました。お話の内容はそんなに気合いを入れてみるようなもんじゃないけど、楽しめる映画でした。場面場面のグロテスクさは、どこか「チャーリーとチョコレート工場」に似ている気がした。
 「ラスト・コーション」は、とってもぜいたくな映画。ラスト近くでの、ヒロインの衝動的な決断のシーン、そのほんの一瞬をちゃんと描くためだけに、豪勢なセットもそれまでの長いストーリーも、そしてなにかと話題の過激なシーンも、存在しているんだろうって気がした。ぜいたく。いろんな意味で大人の映画かなぁ。
 「チームバチスタの栄光」も楽しめた。全体のお話づくりは失敗していると思うけど。まあ、場面場面で楽しむことができた。主演女優の竹内結子。かねがね、この人が、色気のない、ちょっとのんびりした役をやっているときは、芸能社会史が専門のO女子大のK先生(というかKちゃん)に雰囲気がそっくりだと思ってきたが(別にK先生に色気があるとかないとか言っているわけじゃないですよ、念のため)、今回、映画をみながら、本当にそっくりだなぁと思った(最後は内輪話になってすみません)。
 

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2008/02/27

鞆の浦の問題

 先日、鞆の浦の架橋・埋立問題について少し触れた記事を書いたら、ネット検索でそれを読みに来られる人がけっこうたくさんいらっしゃる。というわけで、今回は少し補足の記事を。

思い出のなかの鞆 

 鞆港の風景は美しい。近世以来の港湾施設もたくさん残っている。船が通ると静かな波のうねりが雁木をタプタプとたたき、繋留された小型漁船の間には、小さな雑魚の群れが時々サッと身を翻しながら泳いでいるのがみえる。
 生まれて初めて酔っ払った経験は、たぶん小学生低学年頃に、鞆の名産、保命酒粕を食べ過ぎた時だった。結婚当初、金も無く、新婚旅行は日帰りの路線バス旅行で鞆へ行った。僕にとって、鞆はなにかと懐かしい町である。

 そんな鞆の港に橋を架ける計画が進んでいる。計画では埋立地も造成する予定である。それらによって、鞆港の景観は大きく改変される。新婚旅行のとき、港の先の小さな砂浜で写真を撮ったりした記憶があるが、きっとその辺りが埋め立てられるのだろう。

住民の工事賛成

 計画に反対する人々は、この架橋・埋立工事は「暴挙」だという。歴史的景観の価値など省みられることがなかったひと昔前ならいざしらず、今はそうした景観を守ることの大切さが広く認知され始めている。そんな中、鞆港の歴史的景観を破壊する工事なんて、まったく時代錯誤の「暴挙」なのだと。

 一方、鞆の成人住民の9割を超える人々が、かつて、架橋・埋立に賛成の署名をした。こうした住民の支持を受けて、広島県や福山市は工事を進めようとしている。それに対して反対派の人々は、この賛成署名は鞆の町内有力者たちが地域社会のしがらみを利用して集めたものであり、問題があると主張する。それもまあある程度は事実だろう。

 反対派の心情・動機は、冒頭に紹介したような鞆の思い出を持つ者として、また、歴史研究者として、それなりに理解できる。

反対のやり方

 ただ、反対のやり方がまずいって気がしてならない。反対派の主張内容がもし上記の通りだとすると、彼らは賛成派の住民に対して、「あなたがたは無知で時代遅れで自立した意見など持てない非民主的な人たちです」って言い放っているようなものだ。これじゃあ、喧嘩にしかならないだろう。歴史的景観を後生大事に守ることを唱えながら、片方で、鞆の歴史的地域社会をズタズタに破壊していることになる。目に見えない分、後者の傷の方が深刻な状況へ進みやすいようにも思う。

 県や市の主張を崩して工事をストップしようとするなら、賛成派の住民の大勢を説得して味方に引き入れ、鞆の住民の少なくとも過半数以上でもって工事反対を訴えるべきだ。県や市は、これまで、この工事計画は住民の多数の支持を受けているから実施するんだと主張してきたわけだから、これが一番有効かつ唯一の反撃方法ではないだろうか。

 反対派が自分たちの思いをぶつけていくべきは、県や市に対してではなく、まずは、賛成派の住民に対してである。そうやって、鞆の住民の過半数の反対署名とかを獲得できれば、この工事を中止に追い込むことができるだろう。
(付記:このことについては、hatsudaさんからコメント拝受。私としては、やはり、反対運動が住民多数の支持を得ていない状態のままだと、たぶん運動は成功しないだろうし、もし仮に工事を中止できたとしても、鞆の将来に深刻な問題を残すのではないかと思います。)

なぜ工事に賛成するのか

 反対運動を行うためには、まず、工事に賛成している住民の心情をちゃんと理解する必要がある。理解の前提は、まず鞆の町のとめどもない衰退・過疎化状況を知ることだろう。賛成派住民たちのうちの少なからぬ人々は、おそらく、橋がかかったからといって、鞆の町の抱える問題が解決するわけではないことぐらい、よく分かっているだろう。それでも、どうして人々は工事に賛成しているのだろうか。もし有効な反対運動を展開したいのなら、そこのところを、十分なシンパシーをもって理解していかなくてはならないだろう。おそらくそれは、県や市のかかげる建前としての工事目的(渋滞緩和やら観光開発やら)なんかとは相当違うところにあると思う。

 それが理解できないまま、やみくもに、歴史的景観の保護は絶対だ、とか主張するのは、間違っていると思う。


観光化の問題

 一方、工事反対派が描く、観光地・鞆の将来像に対しては違和感が強い。港の景観を守りながら、それを“売り”にして観光業を盛り立てていくべきだとかいった将来像である。世界遺産にしようとかいった運動もあるんだとか。
 うーむ、観光で鞆の地域経済が潤うっていう目論見のずさんさが気になる。以前の記事にも書いたが、そのためには鞆に来る観光客が、短時間通過型ではなくて、宿泊滞在型になる必要があるだろうが、それは可能なのか?
 滞在時間が数時間以内で通過していくタイプの観光客相手に十分儲けられるのは、せいぜい土産物店か軽い飲食店か、はたまた駐車場くらいだろう。まあ、鞆の町なかの条件の良い場所に土地や家屋を確保しているごく一部の人にとってはそれで良いのかもしれないが。そうじゃない人にとって、あまりに恩恵は薄い。

 歴史的景観を“売り”にした観光地化に鞆の将来を託そうと主張する人々が決まってお手本に持ち出すのが、イタリアの古い町々である。そんな人たちは、例えば、ヴェネツィアの超深刻な過疎化問題なんかを知っているのだろうか(ちなみに温暖化による水位上昇がこの町の過疎化の原因だというのは誤解だろう。問題の原因はもっと本質的なところにある)。あるいは、トスカーナのサンジミニャーノやピエンツァみたいな歴史テーマパーク化して空洞化する小さな町々の姿を。
 鞆がそんな歴史テーマパークを目指すなら、それはそれで重大な覚悟が要ることだ。それは、架橋・埋立工事と同じくらい、従来の鞆の町を変えてしまうことだから。(付記:その後、架橋反対を熱心に主張されている法政大の陣内先生と偶然お会いして少しだけお話をうかがう機会に恵まれました。それについてはこちらの記事をご覧下さい。

2009.3.27.付記 先々週、鞆の浦へ行きました。架橋・埋立問題とは無関係の仕事があったからですが、実際に鞆の町を歩いてあらためて思ったことを書きましたので、よろしければ、こちらの記事へ。
 それから、ネット検索してて、この問題について私としては共感できる部分が多いブログ記事にやっと出会えたので、勝手に紹介します。付けられたコメントも説得的な内容です。 『あそコロ♪優パパ日記』から「続・鞆の浦架橋問題」

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2008/02/14

レポートレポートのたけくらべ

 このブログ内の記事の中で一番アクセスが多いのは、「たけくらべ論争」に関する記事である。3年も前に書いた記事だけど、たとえば昨年10月から今年1月までの4ヶ月間でアクセス解析すると、のべ約1000アクセスで、訪問人数だと672人だそうだ。古い記事なのに、いまだに毎日5~6人の人に読んでもらっているらしい。ありがたいことだ。ちなみに、「たけくらべ」というキーワードでgoogle検索をかけると、なんとトップページ(の一番最後だけど)に表示されている。「たけくらべ論争」だと、トップページの一番頭に出てくる。そんなわけで、この記事にアクセスしてくる人が多いんだろう。
 といっても、アクセス数が増加するのは、だいたい大学の学期末。よーするに、大学の講義レポートのネタ探しにくる人が大半なんだろう。
 僕の書いた記事をレポートのネタにすることについては、まあ、それは全然構わないけど、レポートでは出典(ネタ元)の明記と、できればこのブログ上でお礼のコメントくらいはちょうだいよね(笑)
 あ、そうそう、それから、評価がどうだったかもぜひ知りたいなぁ。

 で、大学のレポートといえば、最近は他人が書いたレポートをネットでダウンロードし、それを「参考」にしてレポートを作成することもできるらしい。実は、そうした情報のやりとりを仲介する会社があって、誰かが自分の書いたレポートをその会社の運営するサイトに登録する。そうすると、登録者はwebマネーがもらえる。その登録レポートを「参考」にしたい学生は、自分のwebマネーを払ってレポートの全文をダウンロードするという仕組みらしい。
 
 レポートだけではなくて、卒論の「情報交換」のサイトもある。こちらは、かつて卒論を書いた元学生さんたちの有志がサークル的に運営するサイトみたいだけど、これもなかなか面白い。例えば、今年卒論を書いた学生さんがこのサイト関係者の「アンケート」に答えると謝礼がもらえるらしい。さらに、2時間程度の「インタビュー」に応じると、さらに謝礼が加算されるらしい。そうした「アンケート」や「インタビュー」においてどういったかたちの「情報のやりとり」がおこなわれているんだろう?って思わず想像をたくましくしてしまう。で、卒論作成中の学生がこのサイトで依頼すると、卒論作成の「コーチ」が派遣され、例えば、1回6000円で計5回3万円コースといった有料の指導を受けることもできるみたいだ。もちろん、「参考」にするため「先輩」たちの書いた過去の卒論をダウンロードできるといったサービスも展開されている。

 で、このレポート関係の会社と、卒論関係のサークルとは、所在地域が重なっていたりして、余計にいろいろと想像をたくましくしてしまう。

 それはともかく、どうして僕がそんなサイトを訪問したかというと、どうやら、冒頭に紹介した当ブログの記事ととてもよく似た文章が、くだんのレポート・サイトに登録されていたからだ。「たけくらべ」の事で少し調べたいことがあってネット検索していて見つけてしまった。もちろん、僕が登録したわけじゃない。

 以下は、そのレポート・サイトで公開されている、「chiba0527」さんが書いたという「たけくらべ」に関するレポートのサンプル(本文抜粋)。

 『たけくらべ』の最終場面における美登利の変貌の原因について。この変貌原因をめぐっては論争がある。それまで、お転婆で愛らしく活発な少女だった美登利が、突然その元気を失う理由について、従来、学界で定説とされていたのは、美登利が初潮をむかえたから、ということだった。それに対して、教科書にもあるように佐多稲子は「『たけくらべ』解釈への一つの疑問」(昭和60年・5「群像」)で、初潮程度であの美登利が変貌するわけはないだろう、変貌の理由は、美登利が初めて客をとって処女でなくなったからだ、という説を出した。

 次に引用するのは、僕の書いた記事からの抜粋。

 今回は「たけくらべ」の最終場面における美登利の変貌の原因について少し思うところを書いてみたい。この変貌原因をめぐっては論争がある。それまで、お転婆で愛らしく活発な少女だった美登利が、突然その元気を失う理由について、従来、学界で定説とされていたのは、美登利が初潮をむかえたから、という説明だった。それに対して、初潮程度であの美登利が変貌するわけはないだろう、変貌の理由は、美登利が初めて客をとって処女でなくなったからだ、という説が出された。

 うーむ、この記事自体は、あんまりレポート向けの体裁じゃないんだけどなぁ。文体も変だしね。抜粋以外の部分はどうやってまとめているんだろう。ちょっと気になるなぁ。
 ほとんど私の文章を丸写ししてくれているのに、三つめの文の末尾だけが、「説明だった」から「ことだった」とわざわざ改変されているのも気にかかる。それも、なんとなく「chiba0527」さんによる改変後の方がすんなり読めて気持ち良いってのが、ちょいと癪だ。
 ダウンロードしてぜひともレポートの全文を読ませてもらいたいけど、そのためにwebマネーを買ってきて支払うのはちょっとイヤだなぁ。サイトを運営している会社に依頼して、全文のファイルを送ってもらおうか。


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2008/02/01

福山・鞆の浦

 福山への帰省
 
 先日、事情があって、実家のある広島県福山市に帰省した。もうかれこれ7、8年くらい帰省してなかったから、今回久しぶりに福山の街を歩いてみて、なかなか感慨深かった。といっても、滞在時間が5時間程度のとんぼ返りだったから、あまりあちこちを訪ねることもできなかったのだが。まあ、久しぶりに帰るからこそ気づく街の変化もあるとは思った。

 なによりも印象深かったのは、中心市街地の衰退ぶりだった。商店街は壊滅的だ。再開発計画もあるようだが、それがかえって致命傷にならなきゃよいが。
 
 一方、郊外に立地する出身高校の周囲には、ロードサイド店舗が激増していた。高校生の頃はまだ田んぼもあったのに。その頃、幹線道路沿いにポツポツと増えつつあったそうした店舗が、今は裏道の方にも広がっている。かつては点々と散在していたそれらの店舗が、次第に連続的な街区を形作りつつある。ロードサイド店舗群における市場性の芽?

 鞆の浦の問題
 
 今、なにかと「業界」内で話題になっている鞆の浦には行く時間もなかった。鞆の浦は福山市内にある。せっかく自分の故郷の問題なんだから、少しまじめに考えてみてもよいかなとも思うのだが、なかなかなぁ。
 
 おそらく、福山の人たちの少なからぬ部分は、歴史的景観の保全なんかよりも、道路橋や埋立地の早期建設を歓迎している。実際、建設推進派は鞆の浦の住民の9割以上の署名を集めている。この署名については、狭い地域社会内のしがらみを利用して集められたものだと批判する声が「業界」内にもあるみたいだが、思うに、その「業界」団体などが協力して集めた反対署名の方にも何かと問題があるんじゃなかろうか。それが、鞆へ行ったことがないとか、鞆が広島県のどのあたりにあるのか知らないとかいった人にまで、「業界」内のツテで頼んで集めた署名だとしたら、どっちもどっちという気がする。

  「鞆の明るい将来は歴史的景観を活かした観光地化にある。」といった類の無責任な外野の発言にもかなり違和感を感じる。バブル期のリゾート開発業者じゃあるまいにね。観光地として鞆の地域経済が潤うには、鞆が短時間通過型でなくて宿泊滞在型の観光地になる必要があるが、そんなことは本当に可能なのか?かなり難しいと思う。たとえば、鞆が日本各地にある三セク系がらがらテーマパークみたいな町になるのは、福山市民にとって最悪の事態だろう。

 うーん、やっぱりたまには帰省してみないといけないな。

付記:
 えっ、鞆の浦の問題って何?って人も多いでしょうから、簡単に説明を。 福山市の南端、海岸部にある鞆という町の真ん中を県道がはしっているのですが、これがめちゃくちゃ狭くて車もすれ違えない。そのため、海の方に橋を架けたり埋め立て地を造ったりしてバイパス道路を通そうという計画が立てられた。しかし、海上に橋をかけると、稀少な歴史的景観である鞆の港湾風景が損なわれてしまう。そのため、計画推進派と計画反対派とが対立した状態が発生。この問題について、ネットで検索しても、反対派側の情報がほとんどで、問題の具体的な構図がなかなかつかみにくいのですが、とりあえず、こちらの記事や、こちらの記事などを参照のこと。

付記2:補足記事をかきましたのでそちらもご覧下さい。「鞆の浦の問題」

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