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2008/05/15

近世の終焉としての現在 3

  Ⅰ.日本史の転換点をめぐって

 ②近世・近代連続史観~尾藤説と朝尾説の一致

 もちろん、近世・近代(近現代)連続論は、僕が考えついたものではない。有名な研究者二人の主張の受け売りである。その二人とは、朝尾直弘さんと尾藤正英さんである。
 朝尾さんと尾藤さんについては、日本史研究者相手ならあらためて紹介する必要はないだろう。現在の近世史研究の二大権威といってよいかもしれない。朝尾さんは元・京都大学教授。尾藤さんは元・東京大学教授。尾藤さんは近世思想史が専門。朝尾さんは何が専門とは言いがたく、近世史全般で優れた業績があるが、国家史・社会史とでも呼ぶべき分野が中心かもしれない。乱暴にいえば、朝尾さんと尾藤さんは、同じ近世史研究者であっても、ちょっとタイプの異なる研究者ということになる。しかし、この二人の主張で一致しているのが、僕の学んだ近世・近代連続論である。

 まず、朝尾さんの主張。「応仁の乱以降は日本史のモダーン=エイジなのである」。そして、この「モダーン=エイジ」とは、「いまの生活様式、行動のスタイル、ものの考え方や問題解決の仕方と、おなじ型を共有する時代」だという。これは、朝尾さんの名著『大系日本の歴史 8 天下一統』(小学館1988)の冒頭で述べられたものだ。日本通史を分担執筆するかたちでまとめられたこの論著の対象年代は、織田信長の入京(1568年)から豊臣秀吉の死去(1598年)までである。朝尾さんは、この時代の歴史変動を「近世の開幕」と呼び、「この(通史の)シリーズのなかでも「開国と維新」とならぶ短い期間の歴史である。たしかに、それは明治維新に匹敵するか、それをはるかに上回る大きな変革期であった」としている。
 つまり、応仁の乱以降の移行期を経ての17世紀の初めにおける近世社会の成立は、われわれの社会と「おなじ型」の社会の本格的な確立を意味し、それは、明治維新を「はるかに上回る大きな変革」だったというのである。こうして、近世と近代は連続しているという見方が提示されている。

 次に、尾藤さんの主張。「そうしますと、明治維新ではっきりと前と後に区切られるように見えながら、実際には近世と近代も連続しているのではないかという考え方が生まれてきます。少なくとも私はそう考えています。(中略)つまり古代、中世は連続していて、中世と近世の間、南北朝から戦国の時期、そこにこそはっきりした区画線があって、そのあとまた近世、近代は連続している」。これは、尾藤さんの名著、『江戸時代とはなにか』(岩波書店1992)の序説での主張である。

 尾藤さんの議論は、このあと、近世社会の成立要因としての兵農分離に注目し、兵農分離が順調に進行したことの理由説明として、あの有名な役論が展開されていくのである。

 朝尾さんの方は、若干微妙な言い回しがされていて、明治維新が大きな変革であることを決して否定してはいない。しかし、「近世の開幕」は「明治維新をはるかに上回る大きな変革」だったという部分こそが本音であろう。それゆえ、近世も近代も同じくわれわれの「モダーン=エイジ」に含まれるのである。この朝尾さんの近世・近代連続論は、発表当時、ある種のショックを研究者に与えたことを記憶している。朝尾さんは、しばしばマルクスの歴史理論を有効に応用しながら、近世史の水準を引き上げてきた研究者である。マルクス主義的な歴史理論からすれば、やはり、資本主義化の前と後、つまり、前近代(近世)と近代の間にこそ歴史の大きな転換点がある、と考えるのが一般的だったからである。それに対して、朝尾さんが近世・近代連続論を展開したことに驚く人もいたのである。

 ともあれ、こうして示された近世・近代連続論こそが、今まさに有効な史観であると僕は考えている。それは、17世紀初めに本格的に成立した後、およそ400年のあいだ持続してきた、われわれの社会が、今、目の前でその終末を迎えようとしているからである。すなわち、現在の日本社会にみられる諸々の変化は、「近世の開幕」以来の大変革に他ならないからである。

 

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コメント

突然ですが、内藤湖南シェーマにおける応仁の乱あたりで日本の総身代入れ替わり、という見解は本当に正しいといえるのでしょうか…コレ畿内近辺だけで成立する話ではないか、と思えてなりません(それはそれで意味がありますが)。また、16世紀画期説と19世紀画期説とのバランス・兼ね合いはなかなか困難ではありますが、やはり世界史的見地から再考する(一国史ではなく)ことが大事なのではないでしょうか。

投稿: おの | 2008/06/04 17:21

おのちゃん、久しぶり。コメントありがとう。うーむ、世界史的見地からの再考なんて、僕には逆立ちしても出来そうもないけど。まあ、どの見方が「正しい」かというよりも、どの見方がどういう場合に有効なのか、って考えてみたいと思ってます。ともあれ、さらなるご批判お待ちしています。

投稿: 小林 | 2008/06/04 20:30

 せっかくもらったコメントに対して、もう少しましなリプライしなきゃと思い、再レス。
 
 この連載で書いた時代区分論の出発点は、いま現在、2000年前後の日本社会において、「小経営の時代」が本格的に幕を閉じようとしている、という現状認識にあります。具体的には、no.4~7の記事で概観したとおりの現状です。
 たしかに、こうした現状についても、(その動きの主たる要因にたぶん違いない)グローバリゼーションの影響を論じたり、グローバリゼーション下におけるモンスーンアジア地域の小農経営の問題などの中にも位置づけてみるという「世界史的見地」からの考察と、そうした考察の枠組みでもって、過去の歴史をさかのぼってみることは重要なんでしょうが、まあ、それはそれ。まずは素朴に「一国」内における現状把握から始めてみたいと思いました(そんなんじゃ、だめかなぁ?)。
 でもって、現在、終わろうとしている「小経営の時代」ですが、それが日本社会において始まったのはいつのことなんだろうか、と考えてみました。
 この問題については、もう、朝尾氏や尾藤氏、あるいは山口啓二氏の研究に僕は盲従するのみで、「小経営の時代」の開幕は、すなわち近世社会の成立ってことだろう、と単純に認識しています。最近の兵農分離の再検討などにも学ぶべきかもしれませんが、正直、まだ僕にはちょっと難解すぎます。
 たしかに、地域差の問題群も存在するでしょうが、どのようなウェイトでそれらを扱えばよいのか、正直、はかりかねています。
 研究の方はなかばリタイアしている状態の僕です。注意すべき議論などについて、ご教示いただけると助かります。

投稿: 小林 | 2008/06/05 18:37

ていねいに趣旨をご説明いただきありがとうございます。また、こちらの文意が判りにくくて申し訳ありませんでした。
当方の職業上、幕末維新期の史料を取り扱っている関係で、どうしても維新変革の画期的意義を重くみる見地に立つことになります。すなわち「鎖国」の有した意義を最大限に考え、当時の全国的危機を構成した対外的契機を取りこぼさないようにみてゆく国家論の立場です。
限定的な管理交易から開港=自由貿易体制+国際条約体制への転換にともなう市場構造の激変は、やはり甚大な影響を国内にもあたえています。これを19世紀「自由主義」の時代における各地域の構造変動の問題として分析する必要があります。世界史云々の部分は大凡このような意味あいです。以上の視角は『鎖国と開国』での見地ともそう相違しないのではないかと思っております。
また翻って現在時については、「新自由主義」の時代として検討するという基本的視角が要請されています。近世・近代史の研究においても、自由主義と新自由主義との「世界史」的な関連を問う必然性が生じる所以です(現代史だけでなく)。
まとめると、19世紀の画期性と、新たな「新自由主義」時代の画期の重視ということになります。詳細は小沢弘明氏の仕事をご覧ください(『歴史評論』670号など)。

投稿: おの | 2008/06/06 18:33

 なるほどねぇ。「19世紀」という括りの有効性については、私も以前、ちょっと関心をもっていましたので、おっしゃることは理解できるような気がします。こちらこそ、丁寧な説明をありがとう。
 思うに、私の場合、「社会史」的な見地がどうしても基本なんでしょう。で、現代社会についてみるとき、現在、社会のいたるところで急速に進行している、夫婦かけむかいの経営の終焉、という現象が、最大の興味の対象です。おそらくこれは、新自由主義の影響下で著しく加速した現象なのですが。
 なかなか、新自由主義の時代における国家のあり方とは?というところにゴールを設定しての「国家史」的な見地にたつことが苦手です。が、それは「社会史」を深めるために必要。今後とも、たくさん学ばせてください。

投稿: 小林 | 2008/06/07 07:46

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