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2008/05/23

近世の終焉としての現在 5

Ⅱ.小経営の時代の終わり

 ①農家と農村の消滅(その後半)

 以下、農村の現状について、内田多喜生「2005年農林業センサスにみる農業集落の現状と課題について」(『調査と情報』農林中金総合研究所2006.5.)に学びつつまとめてみる。

 まず統計調査における農業集落の定義とその数について。
 1955年の臨時農業基本調査において、農業集落とは、農業生産・農業経営上のあらゆる面での共同に加えて、冠婚葬祭やその他生活面で密接に結びついた農家集団のことだとされていた。その後、1970年の農林業センサスにおいては、上述の農家集団の生産・生活が展開する空間領域の確認に労力がさかれ、属地的に農業集落の範囲が定められた。
 そして、1955年調査の段階では、全国で約15万6千集落が存在したが、1970年の調査段階では、約14万集落となった。その後30年以上、統計上は、この約14万集落前後という数字がおおむねキープされるが、2005年のセンサスにおいて、農業生産にかかる共同作業が実態として存在すること、という条件が加わることによって、カウントされる集落数は一気に減少し、約11万1千集落となった。
 1970年以降、統計上の農業集落の数は、それが属地的に数え上げられていたため、ほとんど減少しなかったものの、実際には、2005年までの間に、約3万集落において、農業共同体としての実態が失われていったわけである。

 今後、前回の記事に書いた農業人口の急速な減少は、農業集落数の減少の動きを早めるはずだ。平野部においては、農業集落から非農業集落への転換が進むだろう。中山間地域においては、いわゆる限界集落が急増し、やがて集落自体が消滅するケースが増えるだろう。
 内田多喜生は次のように述べている。「日本の地域農業を支えてきた農業集落は、現在構造的な変化が生じつつある。条件不利地域においては、高齢化・過疎化により農業集落の機能の維持が難しくなりつつあり、また都市部では混住化により、農業共同組織としての性格が弱まってきている。筆者のここ数年の聞き取り調査でも、関東地方の都市近郊農協で集落構成員のほとんどを非農家が占めるようになり農家組合が解散したケースがあったし、その一方中国地方の山間部では、農家の減少で農業集落そのものが消滅したケースもあった。そして、昭和一ケタ世代が全て75歳以上の後期高齢者層へ移行する今後5年程度でこの傾向はさらに進み、農業集落の持つ多面的な機能が急速に低下していく恐れがある」。

 また、1970年センサスの調査結果のひとつを内田が紹介している。それは、北海道を除く都府県に存在する約14万集落のうちの95%が、明治以前に成立した集落であるというものだ。つまり、近世から現代まで命脈を保っていた農村(農業集落)が、今ここにきて、急速に姿を消しつつあるわけだ。

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