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2008/06/25

近世の終焉としての現在 11

  「Ⅱ.小経営の時代の終わり」の章括(その前半)

 現在、私たちの目の前で、日本社会の根幹にかかわる、大規模な変化が起きている。それをひとことでまとめるなら、小経営の時代の終わり、ということになる。

 小経営としての農家、小経営としての個人商店が、その数を急激に減らし続けている。

 農業従事者とその家族からなる農業人口は、2006年には793万人余で、総人口比だとわずか6.2%に過ぎない。農業人口の著しい高齢化により、この先、減少率はさらに増大し、2025年には人口比2.7%にまで落ち込むと推計されている。

 個人商店の減少傾向を、とりあえず小売業だけについてみると、1982年には125万店舗あった個人商店は、その20年後の2002年には、なんと、72万店舗にまで減少している。53万店舗も減少するという凄まじさである。

 そして、このような農家と個人商店の激減によって、全国規模でみると、農村(農業共同体としての農村)と商店街(独立した商店経営者が形成する共同体としての商店街のことであり、大規模小売店の周りにチェーン経営の商店が並ぶ繁華街のことではない)の多くがその姿を消しつつある。

 「基本的社会集団」として、これまで地域社会の核をなしていた農村と商店街とが、今、消えようとしているのである。

 私が現在の社会変化を、小経営の時代の終わり、と呼ぶのは、以上のような状況理解に基づいている。

 と、まあ、ここまでのお話も、かなり大雑把な思いつきみたいなものだけど、さらに、雑駁な思いつきのお話を加えてみた。

 いわゆる日本型雇用のサラリーマンを、擬似小経営とみて、社会標準化されたそれと、本来の小経営である農家・個人商店とが一緒になって、小経営の時代の最後の輝きともいえる、一億総中流社会とか、均質的な日本社会とかいったイリュージョンを現出したのではないだろうか、というお話である。
 
 そして、農家・個人商店の激減と、この擬似小経営的サラリーマンの解体とによって、今、小経営の時代はいよいよ終焉を迎えつつあるのではないか、というお話である。(つづく)

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