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2008/06/04

近世の終焉としての現在 7

  Ⅱ.小経営の時代の終わり

  ③小経営の時代

 ここまでの記事で、現在、農家と農村、そして個人商店と商店街の多くが、私たちの社会から消滅しようとしている状況を確認してきた。

 農家と農村、個人商店と商店街、これらは、従来、私たちの社会の主要な構成要素であった。そのような時代のことを、とりあえず、小経営の時代とでも呼んでみよう。

 この小経営の時代の終わりが、現在、2000年前後なのである。そして、その時代の始まりは、おおざっぱに1600年前後、つまり、近世社会の成立期である。

 朝尾直弘氏は、1988年に発表した「惣村から町へ」という有名な論文の冒頭で、「近世社会においては、村と町との二つが被支配階級の構成する基本的社会集団」であると述べ、「村といえば農村を、町といえば都市を想起する現代のわれわれの常識的な観念は、近世に成立したものである」としている。村については、特に説明は不要だろう。町について、朝尾氏は、「商業」を「結合の核」とする、「道路に面して向かい合った両側の家並みの住民が形成したもの」、と定義する。つまり、今でいう、個人商店を主体とする商店街のことだ。

 農家と農村、個人商店と商店街を「基本的社会集団」とする時代、すなわち、小経営の時代が、1600年前後に始まり、そして、それから400年たった2000年前後、今まさに幕を閉じようとしているのだ。

 「近世の終焉としての現在 5」で紹介したとおり、1970年当時の調査で、農業集落(北海道をのぞく)の95%は、近世から連続する存在である。その間、例えば、いくら地主制が発達しようが、小経営の農民と農村は持続していく。土地の所有権利形態の変遷とは別に、小経営の農民と彼らが形成する農業集落の存在は、寄生地主の経営にとって不可欠の前提条件だったからだ。

 一方、商店街については、現代の商店街のすべてが近世から直接連続した存在であるとはいえないだろうが、都市内部においてその立地を移動させたり、あるいは、個々の商店の集合離散を繰り返したりしながら、近世以来、その命脈は保たれてきたといえるだろう。それが今まさに、日本社会の大部分において、断たれようとしているわけだ。

 このように書くと、「小林は、小経営の時代、小経営の時代と繰り返すが、自分の家はサラリーマン家庭だし、友達の家も同じ。農家でも個人商店でもないよ。そんなのは別に珍しくもない。だったら、つい最近までが小経営の時代だって考えるのは間違ってませんか。」と思う学生(読者)もいるのではないだろうか。

 なるほど確かに、サラリーマンは小経営者ではない。しかし、私が思うに、日本のサラリーマンの特徴とは(正確にいうと、つい最近までその特徴だったのは)、彼ら(彼女らではない)の多くが、小経営者とよく似ている(似ていた)という点だ。そんな日本のサラリーマンのことを、私は、擬似小経営的サラリーマンと呼んでいる。あるいは、家業的サラリーマンと。

 そんな擬似小経営的家業的サラリーマンの存在にもよって、日本社会はこれまで、小経営の時代と呼びうる状態を保ってきたと考えている。これについて詳しくは、また次回。

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