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2008/06/16

近世の終焉としての現在 9

  Ⅱ.小経営の時代の終わり
 
  ④擬似小経営的サラリーマン(前回からつづく)

 わざわざ説明するまでもないことだが、雇われの身のサラリーマンは生産手段を所持していないわけだから、例えば土地を所持している農家が小経営であるのとはまったく異なって、本来、サラリーマンの家庭を小経営と呼ぶことはできない。

 しかし、日本のサラリーマン家庭は、農家のような小経営に非常に似ていた。あるいは、次のように言うこともできる。小経営と類似のサラリーマン家庭が標準的であることがかつての日本社会の特徴であった、と。
 
 なお、ここでいう「かつて」がいつ頃から始まるのかは、また後で考えたい。「かつて」の終わりが、まさに今、現在であることは確実だ。

 さて、かつての日本のサラリーマン家庭の特徴は、a.夫婦の協働によって“経営”が成立していた、b.その“経営”が長期的・連続的であった、という点にある。

 a.夫であるサラリーマンの長時間残業・休日出勤(あるいは休日の接待ゴルフ)・単身赴任などを可能にしていたのは、専業主婦たる妻の存在であった。夫が終業後の“つきあい”と呼ばれる飲み会に出ることも、会社という擬似コミュニティの良き一員であるためにはしばしば必要であったが、それを可能にしていたのも専業主婦であった。この専業主婦の妻(あるいは内職や短時間のパート労働だけに従事することが許された妻)が、掃除・洗濯・炊事といった家事や育児・教育、あるいは年老いた親(たいていは夫側の親)の介護や自治会・子ども会・PTAなどの地域活動を引き受けることで、その夫は日本のサラリーマンを全うできていたのである。このような専業主婦の諸活動は、いわゆる賃労働ではないが、家庭の持続に必要な労働である。こうして、かけむかいの夫婦が互いの労働に依存し合うことで成立していたのが、かつての日本の典型的なサラリーマン家庭であった。

 b.いわゆる終身雇用が広く実現し、解雇・転職による“経営”の中断が無く、いったん就職した会社における定年退職に至るまでの長期的な勤務が一般的とされていた。さらには、子どもが男子の場合、その将来においては、父親と同じ会社の同じポストを継承するわけではないものの、父親と同等かそれ以上の学歴を身につけて父親と同等かそれ以上の年収のサラリーマンになることが理想とされた。これにより、父親の“跡継ぎ”として、その家庭の資産あるいは生活のレベルを継承することが重要視された。子どもが女子の場合、一般に男子よりも将来選択の自由度が高いものの、しかるべき年収のサラリーマン男性と結婚し、母親と同じ良妻賢母の道を歩むことが理想とされる場合が多かった。

 夫婦の協働によって成立し、長期的・連続的であったサラリーマン家庭の“経営”は、一種の家業であるといってよいだろう。そして、それは農家や個人商店の経営と類似している。
 このように、日本型雇用のもとで一般的な、農家や個人商店との共通点を多く持つサラリーマンを、私は、擬似小経営的サラリーマン、あるいは、家業的サラリーマンと呼んでいる。

 もちろん、このような擬似小経営的なサラリーマンとその家庭のあり様が、日本だけのものだとは思わない。欧米のサラリーマン家庭の一部にも専業主婦はいる。しかし、そのようなサラリーマンとその家庭のあり方が標準化し、理想化されていたことが、つい最近までの日本の特徴であっただろうし、それゆえ、日本型雇用という概念が有効だったわけである。
 
 次回は、小経営の農家が農村を形成していたように、あるいは、小経営の商店が商店街を形成していたように、擬似小経営的なサラリーマンとその家庭が形成していた、擬似的なコミュニティについて書いてみたい。

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