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2008/07/07

近世の終焉としての現在 14

  Ⅲ.近世の終焉としての現在

  ①少子化・非婚化(その後半) 
 
 相続されるべき小経営が消えることによって、子供をもうけることの必要性も無くなりつつある。

 では、子供が不必要になると、次に何が要らなくなるかといえば、それは結婚である。

 さらには、夫婦の労働を核とする小経営が消えたことによって、あるいは、夫婦の労働分担を必要とする擬似小経営のサラリーマン家庭が解体しつつあることによって、“経営上”においても、結婚の必要性は無くなった。

 ここで年齢別の非婚率の推移をみよう。1970年では、25~29歳男子の非婚率は46.5%で、30~34歳男子が11.7%である。これに対して、2005年には、25~29歳が71.4%、30~34歳が47.1%となっている。1920年だと、25~29歳が25.7%で、30~34歳が8.2%である。
 
 女性の方だと、1970年では、25~29歳が18.1%で、30~34歳が7.2%である。これに対して2005年では、25~29歳が59.0%で、30~34歳が32.0%となっている。1920年だと、25~29歳が9.2%で、30~34歳が4.1%である(クリスマスケーキなんて言葉が昔はあったよね。それも完全に死語になったわけだ。)

 このように非婚率は激増中である。おおざっぱにいうと、30~34歳の男性の場合、1970年以前では、10人中に1人くらいは独身がいるって感じだったのが、今は、10人中で5人近くが独身ということになる。
 30~34歳の女性だと、1970年以前では、10人中で独身者が1人いるかいないかという感じだったのが、今は3人に1人は独身である。

 このように、事実として、小経営が急激に減少したのとほぼ時期を同じくして、この日本においては、夫婦というものも、急激に数を減らしたのである。

 また、非婚化の進行と同時に、晩婚化の方も急激に進行している。特に女性の晩婚化が著しい。それは、結婚という行為が子供をもうけることを主たる目的としないものに変わりつつあることをも示しているのではないか。

 
 小経営の崩壊により、小経営の相続のために必要だった子供は不必要となり、小経営を成り立たせていた夫婦の協働も不必要となった。これらにより、結婚は要らなくなったのである。

 非婚率の急上昇と同じ理屈で、離婚率の急上昇についても、小経営の消滅という事態と関連づけることができるだろうが、それは省略。

 以上、小経営の時代の終わりにおいて、日本社会から子供や夫婦が急速に減っていく様子をみてきた。

 
付け足し
 もちろん、小経営の相続者としてではなく、愛情を注ぐ対象としての子供や、自分たちのDNAを受け継いでもらうための子供を、本能的に欲するということはあるだろう。つまり、より動物的というかプリミティブな、本能的動機による子づくりである。
 同じく、本能にもとづく恋愛の、そのひとつの形式的帰結として結婚も成立するだろう(ただし、ここでいう「本能」は純粋に先天的なものばかりではなく、当然、後天的な“教育”によって助長された「本能」も含めたい)。

 ところが人間というやつは、いうまでもなく、こうした本能的な動機だけでは動かない。本能的動機に社会的な動機が加わることで動く。

 日本社会においては、これまで、小経営の時代に適応したかたちで、結婚や子づくりの社会的動機が形成されていたわけである。
 この社会的動機は相当強力で、たとえ本能的動機が希薄でも、結婚や子づくりは成立した。恋愛無しの結婚もDNA的には非連続な養子取りも、小経営の持続を目的として、ごく当たり前に広く行われていたのである。

 しかし、小経営の時代が終わる現在、その時代に適応して成立していた社会的動機の方も、著しく弱体化している。結婚当日までお互いの顔もよくしらなかったなどという婚姻は姿を消した。養子をとることもごく稀になった(もし子供を得るのなら、それは自分(たち)のDNAを受け継ぐ存在であるべきで、そのために不妊治療などは発達しつつある)。

 昨今、少子化対策として、育児休暇制度の改善や保育施設の充実が進められようとしている。私も、子を持つ親として、もちろん、そういったことはどんどん進めていって欲しいと思う。
 
 しかし、これらの対策で少子化問題が解決することは、まずありえない。ピントはずれもいいところだ。

 いくら子づくりや子育ての“条件”を良くしたところで、基本的にはダメである。今、少子化問題を解決したいのなら、子づくり・子育ての“条件”だけではなく、小経営と共に壊してしまった子づくり・子育ての社会的動機の再建か、あるいはそれに代わる新しい社会的動機の創出が何より必要であろう。
 もし少子化問題を解決したいのなら、という話だが。

 結婚という形式の方はどうしよう? まあ、こっちも、もし復活させたいと思うなら、そのための社会的動機を考案しなきゃね。それとも、こっちはもう要らないって人も、たくさんいるのかいな。

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