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2008/08/25

『容疑者Xの献身』の感想

  9月16日付記:『容疑者Xの献身』が面白かったので、そのいきおいで、『白夜行』とその続編の『幻夜』も読んで感想記事を書きました。よろしかったらそちらもどうぞ。

 映画も見ました。映画の感想は、こちらの記事です

(以下、記事本文)
 
  行儀がひどく良くないのは自分でもわかっているんだけど、混んだ電車のなかで隣の人のひろげている本が視界のなかに入ると、ついつい盗み読みしてしまう。で、仕事柄、文章を斜めに読むスピードが多少他人よりは速いらしく、チラって覗くと、だいたい、そのページ分のあらすじが頭に入り込んでしまう。

 先日、京浜東北線の車内、中年サラリーマン風の乗客が読んでいた本が、殺人事件のまさに殺害のシーン。母娘二人が、母につきまとう男をコタツのコードで絞殺するところ。と、ここまで書けば、分かる人には分かっちゃいますね、この本の正体。だけど、そのときの僕には、作品名も作者も分からなかったんですけど。ただ、なんとなく、文体が好みだなぁと。水商売の女性と、彼女にタカる元夫という人物設定からして、よくある量産型“ハードボイルド”かいな、と思いつつも、ムダの無い、それでいてなんとなくデリケートなタッチの文体の印象と一緒に、犯人母娘の「靖子」・「美里」という名前が頭に残りました。
 翌日、混み合う電車での通勤の途中、昨日と同じく、すぐ顔の脇で本が広げられました。ぱっと見て、あらら、昨日と同じ本。同じシーン。今度の読者は、若い男性。

 こうして昨日今日と立て続けに同じ本に出くわしたからには、これは、かなり面白いんだろうってことで、早速、パソコンで検索。キーワードは「靖子」・「美里」・「殺人」・「小説」。ハイ、すぐにヒットしました。東野圭吾『容疑者Xの献身』。あの探偵ガリレオ・シリーズのなかの最高傑作といわれる作品。直木賞受賞。単行本は2005年だけど、ちょうど文春文庫にて文庫化されたばかり。

 このブログで、たびたび、しつこく、むなしく告白し続けているが、私は、柴咲コウのファン。で、その柴咲コウと福山ナントカって人の主演で大ヒットしたテレビドラマ『ガリレオ』の劇場版として、この秋に公開される映画の原作がこれ。そんなわけで、早速、駅の本屋さんで購入。一気に読み終えました。

 面白かった。ちょっと大人の本ですね。面白くない人には面白くない。「石神」の「献身」に理解が及ばない、シンパシーが持てないって人にとっては、最終的につまんないだろうな。ネットの書評記事をパラパラみても、記事を書いた人が意識しているかいないかはともかく、そこんとこで評価の良し悪しがかなり決まっているように読める。

 この作品をめぐって作者の東野圭吾自身がざっくりと語った、「やっぱり多くの男って、あ、この恋は伝わらないなと思ったときに、それでも相手の女性に好きな男がいるなり、幸せになる道が自分に関係ないところにあるとしたら、自分が犠牲になってでも叶えてやりたいという、お人好しなところがあるんですよね。」という心情が理解できるか否かにかかっているように思える。途中で登場してきた「工藤」って脇役も、まさにそんな「多くの男」のひとりだろうし。
 2008.9.29.付記:同じ作者の『白夜行』の「亮司」も『幻夜』の「雅也」も、そんな「多くの男」の代表みたいなもの。きっと、東野圭吾が一番惹かれる恋愛=「純愛」のかたちがこれなんだろう。

 個人的には、作品のストーリーとは違って、「石神」の企みが初期段階からうまくいって、その後の年月を通じ、彼の純愛がどんどん陳腐化したり傷だらけになるところが見たい気もするけど。それはひねくれすぎかなぁ。

 本格的な推理小説ファンの一部からは、トリックが途中でわかっちゃってつまらないって声も出たみたい(ちなみに、私は最後まで分かんなかった)。でも、まあ、それは気にならない。この本が、ミステリー系の賞をとったときにイチャモンをつけたミステリー作家がいた。その批評を少し読んでみたが、「石神」の心情分析という点では、まるでお子ちゃまやね、その作家は。

 ついでにいえば、なんとなく、白石一文の『一瞬の光』の主人公の“献身”を連想した。この本も、『容疑者X』同様に、なかなか“荒唐無稽”気味な部分もあるが、それでも肝心のテーマそのものには相当なリアルがあって、面白く読めた。

 まあ、それはともあれ、映画公開が待ち遠しい。先日、テレビニュースの芸能コーナーで、映画の主題歌のPVが少しだけ紹介されていた。もちろん、KOH+。福山ナントカ君は、柴咲コウがカラオケでバラードを歌うのを聴いて、その印象をもとにしてこの新曲を書いたそうだ。なかなか良い曲。テレビシリーズの主題歌「Kissして」も良かったけど、今度の曲も良い。
 そういえば、私の妹がこの福山君のファンで、歳甲斐も無くキャーキャー言ってたが、以前は、どこが良いんだか??って冷ややかに見ていた。が、ここにきて、ちょっと、印象が変わったよ。インタビューとか観ると人柄も良さげだし。うーん、才能もルックスも性格もめぐまれまくった男だなぁ、福山雅治。
 
 というわけで、柴咲ファンとしては、妻夫木ナントカも福山ナントカも許せる。が、許しがたいのは、阿部ナントカだろ!

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2008/08/06

大宮のリストランテ・ベネチア

 埼玉で美味しいイタリア料理店に行きたいんだけど?ってきかれたら、迷わず、大宮のリストランテ・ベネチアをおします。もちろん、埼玉のイタリア料理店をぜんぶ食べ歩いたわけじゃないけど、でも、ここが一番おすすめ。
 
 小川洋行さんがその大宮ベネチアの新シェフになられました。

 小川さんは、新任とはいえ、かつてはベネチアの厨房で修業された方。その後、笹塚の伝説的名店サルサズッカ(本当にすごいお店でした)のシェフをつとめられてから渡伊。帰国後、新宿住友ビルのリストランテ・ウノのシェフを経て、ベネチアへシェフとして戻ってこられました。

 小川さんの得意とするレパートリーのひとつが、イタリア中部、マルケ地方の料理です。マルケを代表する家庭料理として、ポタッキオがあります。ウサギや鳥類の素朴な煮込み料理ですが、小川さんは、その素朴な暖かさや味の深さをより活かすかたちで洗練した皿に仕上げてきました。このポタッキオ、サルサズッカの頃からのファンも多いですよね。小川さんが、働いていたマルケのリストランテでこれを出したところ、地元のマダムたちに大好評でレシピをせがまれたそうです。(素朴なままのレシピなら、こちらの記事を。)

 その昔、大宮ベネチアでは、中部イタリアのトスカーナ地方の料理を中心にして、それに南イタリアのシチリア料理がいくつか加わるというメニューがよく出されていたように記憶しています。例えば、ローストした鶏に豆料理とか。鰯を使ったパスタとか。それは、旧オーナーがシチリアで修業されていたことや、トスカーナのワイナリーと親交があったこと、厨房スタッフのイタリアでの料理研修の場がトスカーナだったりしたことなどが影響したのでしょう。
 
 その後、旧オーナーの息子さんの飯岡由多可シェフが、北イタリアの料理を得意とする某有名シェフの指導を受けたり、北イタリアのロンバルディーアやエミリア・ロマーニャなどの地方で修業されたことから、次第に、ベネチアのメニューは、北イタリアの料理が中心になったように思います。例えば、メインの付け合せも、かつてのレンズ豆にかわって、ポレンタなどがよく出るようになりました。店名に合ったヴェネト地方の料理も増えました。
 
 それが、今回、小川さんが新シェフとなることで、再び、中南部イタリアの料理中心へと回帰していくのかも。といっても、以前のようなトスカーナ料理メインではなく、マルケ地方や、前シェフの門平さんが得意とするアブルッツォ地方の料理なども加わった多彩な構成になるように思います。

 大宮ベネチアの料理の伝統的特徴は、比べるものがない完璧主義にあります。トマトソースひとつを作るにしても、麺をゆでるにしても、他のお店ではみられない手間をかけていました。旧オーナーがお店に注いでいた物心両面での莫大な愛情や飯岡シェフの料理への情熱が、そうした完璧主義を奇跡的に成り立たせていたのだと思います。おかげで、都内の名店でも絶対にあり得ない高いレベルの料理がたくさん楽しめました。例えば、白トリュフのリゾットなどは、単なる高級食材頼みのよくある色物料理(例えば、普通のリゾットに白トリュフのスライスを振っただけの皿とか)とはかけ離れた、まさに絶品の料理でした。

 飯岡シェフの下でベネチアの伝統を学ばれたこんどの小川シェフも、その完璧主義を受け継いでいます。そして、小川さんの完璧主義の特徴は、柔軟な完璧主義、とでも呼べるように思います。伝統を頑なに守るだけではなく、伝統の長所をしっかりとつかんだ上で、その長所をさらに活かすことを目的に(これみよがしなシェフの腕自慢が目的ではなく)大小の工夫を絶えず積み重ねられています。

 マルケの極めて素朴な家庭料理を、その素朴な暖かさをまったく減じることなく、リストランテ料理のレベルにまで高めた、得意料理のポタッキオ。これが、そんな小川さんの柔軟な完璧主義をよく表しています。この一皿だけでも食べに行く価値があると思いますよ。

 リストランテ・ベネチア 全18席の小さなお店ですから、予約していくのがおすすめです。048-643-2000

 写真は、先週行ったベネチアで食べた、ウサギのポタッキオ。うまかった!連れて行った子供たちにも大好評。そのあたりは元・家庭料理の本領発揮。でもって大人の舌も大満足。しっかりめの白ワインと合わせたくなりますPhoto
(その夜は赤を飲みましたが)。

 つけたし:小川シェフは、かつてベネチアでの修業の頃、しばしばドルチェ(デザート)も担当されていました。そんなこともあってか、小川さんのドルチェ、かなり美味いです。これまたおすすめ。

 2009.3.付記 ベネチアの元オーナーシェフの飯岡由多可さんは、今、中野富士見町のRabyというイタリア料理店でシェフをつとめていらっしゃいます。そちらでは、オープンキッチンで由多可さんの働く姿を見ながら食事が楽しめますよ。由多可さんファンの方は、Rabyへどうぞ。

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2008/08/04

『信頼と安心の日本経済』

 本の宣伝です。

 岡村宗二編『信頼と安心の日本経済』(勁草書房、2008年6月)

 バブル、デフレ、グローバリゼーション、構造改革、雇用問題、環境問題、資源問題といった喫緊の課題を、経済学の方法で分析して解決への指針をさぐる、という本です。そして、導入部と“まとめ”の他、11章の各章を通じて市場主義に対する問い直しがなされています。

 経済学を教えていらっしゃる大学教員の他に、シンクタンクの研究員や官僚、民間のエコノミストの方々の論文を集めた本です。皆さん、経済学の専門家です。そこになぜか、歴史研究者の私が執筆者に加わって、第七章「江戸の格差社会と現代東京」を書きました。

 本書を通じて、先にあげた現在の日本社会の諸課題について実証的に深く知ることができると同時に、現代社会を分析するツールとしての経済学の魅力にふれることができます。おそらく、あちこちの大学の経済学入門の講座などでテキストとして使用されることもあるでしょう。

 そんななか、例外的に、私の章は、現代社会を分析するツールとして、歴史学、なかんずく日本近世史研究が有効であるということを、経済学の専門家や、経済学に興味をもつ人にわかってもらいたくて、そのことを隠れたテーマに据えて書きました。

 私の場合、いくつもの大学を非常勤講師としてかけもちする日々ですが、歴史学以外の学問である、商学や経済学、法学などを学ぶ学生さんたちを相手に日本近世史の講義をする機会が大半です。そうしたなかで、常に「自分が教えている近世史が学生さんたちの役に立つのだろうか?」という問いを胸に抱いて講義をします。そんな講義のスタイルが反映したのが今回の文章だと思います。

 内容は、このブログで最近書いている連載記事「近世史の終焉としての現在」(2008年5月以降)でおおざっぱに紹介したような問題意識を下地にして、昔書いた「私の研究は面白いですか?」10「(同右)」12でまとめたかつての修士論文の骨子を、リライトしたものになっています。

 まあ、そんな私の章はともかく、現在の日本社会の諸問題を、経済学の視点から、しっかりと捉えてみたいという人は、ぜひ読んでみてください。

 

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2008/08/02

うなぎ蒲焼きのスパゲッティ

 鰻のスパゲッティを作ってみました。レシピは以前の記事とだいたい同じ。何度か作ってみてだんだんと好みの味にすることができるようになりました。味がシンプルな分、出来上がりの違いの幅が広いので、好みの味に整えるコツをつかむまで、何度かチャレンジしてみる必要があるかも。

 1.卵2個(うち1個は卵黄のみで1個が全卵)をボールにとく。
 2.そこに粗挽きコショウを少々と、オリーブオイル大さじ1強。
 3.軽く暖めた鰻の蒲焼き半尾を細切り。ボールの卵と合わせる。
 4.醤油か、蒲焼きに付いてきたタレを少し加えて好みの味に。
   たいてい、タレだけだとちょっと甘過ぎかも。
 5.万能ネギを小口切りに。半量を鰻・卵と合わせて混ぜる。
 6.茹で上げてよく湯切りしたスパゲッティを熱いうちにボールへ。
 7.卵・鰻と絡めたスパゲッティを皿に。万能ネギ半量を散らす。

 要するに、カルボナーラに鰻を使っただけのこと。卵が固まらない状態が好きな人は、上記のレシピで。生っぽいのが嫌いな人は、フライパンに移して軽く加熱してから麺と合わせてみて下さい。卵と鰻の相性はいうまでもなくかなり良いですから、美味しく食べられると思います。
Photo


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