近世の終焉としての現在 17
Ⅲ.近世の終焉としての現在
③名君政治の終わりと迷走(その2)
小経営の時代、政治における最大の課題は、当然のことだが、小経営の保護・育成であった。近世段階における「名君」の最重要の仕事は「牧民」である。それは近代以降も変わることのない政治の基本課題であり続けた。
もちろん、小経営の保護・育成が、いつなんどきも最優先で不可侵の課題とされたわけではない。他の課題、例えば、戦争の遂行や企業の育成、金融問題の解決、あるいは政治組織の自己防衛などが優先されて、小経営にダメージを与えることもあった。しかし、そうしたダメージを与えたことは、政治の失敗として確実に認識され、その解決が図られてきた。
戦後の保守政治の支持基盤が、基本的には、農家や小規模の商工業者たちといった小経営が形成する地域コミュニティや同業者組織にあったことは説明するまでもない。外国産の安価な農産物が国内市場に入ってくることを阻止し、大規模な小売店舗の出店を規制し、それらスーパーマーケットで酒や薬が販売されないようにすることが、そうした支持基盤によって立つ自民党の議員たちの責務であった。各選挙区における「牧民」が彼らの仕事だったのである。
行政のあり方も同様である。例えば、農水省。いわゆる事故米の問題だって、別に、なんとかフーズとかいった悪徳流通業者に儲けさせることがお役人の本来の目的だったわけではない。国内の米作農家の保護を目的に、ミニマムアクセス米という問題だらけの制度を運営していくなかの無理(と手抜き)から発生した、おそまつな事件である。このように、農水省の従来の仕事は、農家の保護・育成であって、そんな役人たちや、農水族議員の中でのしあがってきた大臣が持っているメンタリティとして、所詮「消費者」は受け持ち範囲の外の存在であり、「やかましい」だけの外野だったのは当たり前である。
(次回は、擬似小経営的サラリーマンと労働組合について)
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