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2009/03/22

近世の終焉としての現在 21  まとめ~その3

  17世紀前半に始まった小経営の時代。日本社会の基本は、農家や家業的経営の商工業者などの小経営から成っていた。特に、近世期、農家人口は総人口の8割を占めていて、農家と農家が構成する村とが、日本社会の基礎構造一般を構成していた。
 その農家が、日本社会におけるウエイトを急速に低下させたのは、戦後の高度成長期であった。
 それより少し遅れて、20世紀末には、家業的経営の商工業者も急速な減少傾向をみせるようになった。
 
 こうして、20世紀後半、終幕に近づきつつあった小経営の時代だが、その終幕を若干遅くさせたのは、日本型雇用のサラリーマンであった。
 こうしたサラリーマンを、私の拙い造語だが、擬似小経営的サラリーマンと呼びたい。

 サラリーマン=労働者というのは、本来、個々人で労働を行うものだが、日本型雇用のサラリーマンは、サラリーマン個人では労働の継続が難しかった(家庭をもつことを放棄すれば別の話だが)。
 こうしたサラリーマンのほとんどは男性であった。深夜残業でも、単身赴任でも、なんでもこなしながら、会社のために献身的に働いた。
 そんな労働を支えたのは、専業主婦たる妻だった。炊事・洗濯から育児、年老いた親(たいていは夫側の親)の介護、そして、子供会やらPTAやらスポーツ少年団などの世話といった“地域”活動を、もっぱら妻が引き受けた。そんな妻が賃金を得るために働くとしてもそれは内職かパート労働にほぼ限られていた。 
 このような妻による、家庭・地域における“労働”に依存して、サラリーマンたる夫の会社に対する滅私奉公が実現していた。
 つまり、日本型雇用のサラリーマン稼業は、実質、夫と妻の二人三脚による、「夫婦かけむかい」の家業として成立していたのである。

 このような献身的サラリーマンのお父さんを、企業が簡単に解雇することは許されなかった。解雇してしまっては、たちまち一家が路頭に迷うことになるわけで、それは社会的にも許されることではなかったのである。
 サラリーマン側の献身と企業側の終身雇用の約束とによって、サラリーマンの家業的経営は、長期持続的なものとなった。
 こうして、日本型雇用のサラリーマンの家業的経営は、ちょうど、農家の小経営とよく似た性質のものとなった。

 農家とサラリーマン家庭とで一番大きく異なっていたのは、相続の問題だろう。農家の場合、何が何でも後継ぎの子供を確保して、その子に田畑を引き渡すことが相続の根本である。しかるに、サラリーマンの場合、父親の会社でのポストをそのまま息子が継承することはほとんどない。
 しかし、サラリーマン家庭の場合でも、男子の子供については、父親と同等かそれ以上の学歴を積み、父親と同等かそれ以上の年収のサラリーマンになることが一般には理想とされた。女子の場合は、母親と同様、サラリーマンと結婚して専業主婦となることが理想とされた。そうして、家産や生活レベルの継承が求められたのである。

 このように、農家によく似た性格を持つ、疑似小経営的なサラリーマン。これが日本型雇用のサラリーマンであった。
 もちろん、すべての労働者がこのようなサラリーマンだったわけではない。しかし、もっぱらこうしたサラリーマンが、労働者の標準型・理念型とされてきたことが重要であろう。

 日本型雇用のサラリーマンの原型を、近世の武士に求めたり、あるいは、商家奉公人に求める考え方もある。しかし、単身で家庭を持たないのが普通だった商家奉公人と、日本型雇用のサラリーマンとはかなり性格が異なる。武士との間では類似点が多いが、実態としての連続性が乏しいのではないか。
 その大半が農家の出身であった日本のサラリーマンにおいて、「仕事」や「家庭」のあり方についてのメンタリティは、おそらく、農家のそれが継承されていたのだろう、と推測している。

 日本型雇用の制度的な成立時期をめぐっては、第一次大戦後の労働争議が活発化した時期、あるいは戦時体制期、もしくは高度成長期などにそれぞれ画期を見出そうとする諸説がある。
 おそらくは、それらの時期における労使関係や労働政策の諸動向のなかで日本型雇用は段階的に成立したのであろうが、ここでまったくの当て推量を述べさせてもらえるなら、先にも書いた通り、日本型雇用のもとで形成される擬似小経営的な労働者家庭のあり方と、小経営の農家のそれとが類似していることが、日本型雇用の社会的許容の要因となったのではないだろうか。

 まあ、日本型雇用の成立要因をめぐる問題はさておいても、結果として、日本型雇用の擬似小経営的サラリーマンの家庭と小経営の農家との間で類似性が強い、という事実が重要である。
 これにより、小経営の農家や商工業者と、擬似小経営的サラリーマンとを横断して、家族観・労働観・経済観・幸福観・倫理観などが共有されることになった。
 そうした共有をもとにして、均質的な日本社会だとか、一億総中流社会だとかいったイリュージョンが生まれたのだろう。

 本来の小経営である農家や個人経営の商工業者が退潮した分を、擬似小経営的サラリーマンが補うかたちで、小経営の時代の終幕はしばらく先延ばしされ、最後の輝きを見せたわけである。

 そして、現在。この擬似小経営的サラリーマンも減少傾向に入った。いよいよ小経営の時代の終幕である。

 


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