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2016/08/02

江戸に帰った慶喜 ウナギとマグロと毛布 その2

 戊辰戦争の初っ端、慶喜が大坂から脱出し江戸へ戻るやいなや、ウナギを食べたというエピソード。

 それが記されている『藤岡屋日記』の記事を現代語訳してみよう。

 正月12日朝、上様(慶喜)が江戸城への戻り(「還御」)がけに、お手元から金2分をお渡しになり、「久しく京都暮らししていた身体は油がぬけ骨離れしてしまっているので、鰻の蒲焼を取り寄せるように」とのことで、霊岸島大黒屋へ買いに行くようにという(慶喜の)ご指定でもって、奥詰の榊原健吉に対して仰せつけになられたので、(榊原は)自腹で金2分をそれに足して、金1両分の鰻を取り寄せたとのこと、同人(榊原)の話である。

 記事の真偽は、ここでは問わないことにしよう。

 で、この記事に依拠すれば…

 大坂から乗ってきた開陽丸が停泊したのは品川沖あたりだろうか。とすると、上陸地点は品川か。あるいは浜御殿あたりか。
 それはともあれ、江戸の地に帰った慶喜は、「まずは蒲焼を食おう」と思い立ったわけである。季節的にはウナギの冬眠期で多少は値が張ったかもしれないが、金2分払えば、それなりの人数分は買うことができる。
 慶喜は、供の者たちにも振る舞うつもりだったのだろうか。それとも、ともかく多人数分買うのが貴人の慣習だったのか。
 ここで注目されるのは、鰻を買ってくるように命じられた家臣がとった行動である。わざわざ自腹で金を足しているのである。それはなぜか。最初に慶喜が出した金2分が鰻を買うのに不足だったというわけではない。これは「ここはひとつ、皆で鰻を食って元気を出そうじゃないか」という慶喜の意気に感じるものがあり、一層豪勢に鰻を食べられるよう、自分の金も足した、ということではないだろうか。
 家来は、このことを人に聞いてもらいたくて話したのだろう。

 大坂脱出は、そのときの最善の策として慶喜が考えたものであろう。そして、無事に江戸に着いた。
 「さあ、何食べよっかなぁ… うん、やっぱ鰻だろう、ここは。 なあ、皆の者」。

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