2009/09/09

新型インフルにかかる

試験の採点

 先月後半は、月初めの渡欧のつけがまわり、とてもきつかった。一番の大仕事は、各大学の前期試験の採点。採点する答案の数は、ざっと1000枚。それにしても、答案が1000枚ってことは、前期、僕は一週間当たり1000人もの人たち(これに試験をやらないゼミ生を加えると若干増えるけど、そこからサボりの数を引けば実際は800人くらいか)を相手に毎週毎週しゃべり続けてたわけやね。多いなぁ。
 で、試験だけど、思うところがあって、毎回、答案は論述形式。だいたい学生の皆さんには全問合計で1000字前後の答案を書いていただく。それを読んで採点して、成績入力して、確認してっていう作業。
 解答の文中で使用するキーワードをこちらでいくつか指定する形式の設問(どっかの大学の入試問題形式のパクリ)だから、答案の内容もある程度定型的で、その分採点はスムーズだけど、それでも、まあ、短くても1人当たり7~8分はかかる。というわけで、採点作業の時間の合計は、単純計算で、ざっと7000~8000分。だいたい120時間くらいかな。
 フリーターの僕の場合、大学が夏休みでも日中はたいていアルバイト仕事があるから、採点は夜から開始して朝まで。毎日6時間やっても20日はかかる計算。実際、月末は、徹夜か、あるいは寝ても1~2時間の日が続いた。正直、この間は罰当たりな呪詛の文句が心中を去来。なんせ、大学によっては、パートタイムの教員へは、授業のある月しか給与をくれず、夏休みは無給、ってシステムをいまだにとっている。まあ、授業時間に対する給与のなかに休み期間の採点作業やら授業準備への手当ても最初から組み込まれているんだからって言われればそれまでだけど・・・でもおかしなことに、そういった夏休み無給の大学にかぎって、夏休みの月でも給与をくれる大学より・・・とまあ、こんなところで愚痴ってて来年の仕事を減らされてもつまんないから、そろそろやめとこ。

インフル
 
 で、まあなんとか採点作業を終えて、さあこれから僕の短い夏休み(といっても夜なべ仕事からは解放されるってだけの話だが・・・)って思って気を緩めたとたん、見事に感染・発症。発熱があって病院に行くと、綿棒を細長くしたようなやつを鼻に突っ込まれての簡易検査で、A型インフルエンザであることが判明。現在は、A型であればすなわち新型インフルっていう扱いらしい。

 それから6日間は、自宅2階の空き部屋の隅に布団を敷いてもらい、そこで隔離生活。3度の食事はカミさんが運んでくれて、それを子供たちのままごとセットのテーブルに載せて食べる毎日。まずは、発症前後に出歩いたときの「濃厚接触者」(それにしても「濃厚接触」って用語を聞くとなんとなくエッチな想像が膨らんでしまう)の方々を片っ端から思い出しては電話して、お詫びと体調注意のお願い。

 それがすんで、築42年の借家のちょっといわくありげな2階の和室に独り寝ていると、症状が出て寝込んでる間は、なんとなく、横溝正史物の隠し部屋の男の気分。少し元気になってから座って食後のお茶を飲み窓を開けて庭の植木を眺めている間は、なんとなく切腹を待つ各大名家お預けの赤穂浪人の気分。
 
 布団に寝転ぶと、こんどは天井板の木目を地図や怪獣になぞらえたり。こんなん、子供のとき以来や。
 と、まあ、浮世離れした6日間を過ごしてから現実世界へと復帰。

 まずは、隔離中に東野圭吾を読み返していた余韻で柴咲コウの「影」やKOH+の「最愛」を聴き、最後はもちろんYUIの「Again」聴いてエンジン再始動。

 でも、問題がひとつ。インフルの間、ゲホゲホ咳き込んでいたら、軽い喘息みたいな状態に。熱が下がっても、咳がとれない。昔、十数年前にも一度やったことがある。医者で再度調べてもらい、インフルの完治は確認。というわけで、これからお会いする皆様、僕が咳き込んでいても、そんなに怖がらないで遊んでやってくださいませ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009/03/03

おすすめ、YUI、西原理恵子

 最近、一番よく聴いている音楽は、YUIという若い女性シンガーソングライターの歌だ。「Good-bye days」・「CHE.R.RY」といったあたりが、まあ、有名曲かな。特に中高生から20代前半くらいの世代に人気がある。というわけで、中年のオヤジの僕なんぞがYUIのファンだと言うと、言われた相手はたいていリアクションに困ってしまうらしい。でも、ほんと、なかなかYUIは良いですよ。

 さて、いきなりだけど、YUIって、漫画家の西原理恵子に似てると思う。こんなことを書くと、YUIのファンからも、西原理恵子のファンからも、双方からブーイングが来そうだが。もちろん見た目が似ているわけじゃないけど。で、僕、西原理恵子も好きです。

 西原理恵子のファンだったら僕の同世代にもたくさんいるだろう。さてさて、どっかにいないかなぁ、YUIと西原理恵子の両方が好きだっていうお仲間は。もし、このブログ読んでる数少ない読者の方で、自分も仲間だっていう人がいたら、ぜひコメントくださいな。

 西原理恵子の最新エッセイ、『この世でいちばん大事な「カネ」の話』(理論社、2008.12.)が面白い。「あそこの家のお姉ちゃんはこのあいだ万引きでつかまったとか、昼間からシンナーを吸ってフラフラしていた向かいのお兄ちゃんは、案の定シンナーの吸い過ぎでこのあいだ死んだとか、そんな話は身のまわりに、売るほど転がっていた。」という思春期を経て、とある「非行」で高校を退学させられた西原理恵子は、「貧しさが何もかもをのみこんでいくような、ブラックホールみたいな世界にのみこまれないために、わたしは、絵にすがりついた。…自分は絶対に絵を描く人になって東京で食べていく。そう心に決め」て、たくましく売れっ子漫画家になっていく。

 「なぜわたしが、自分が育ってきた貧しい環境から抜け出せたのかを考えると、それは「神さま」がいたからじゃないかって思うことがある。といっても、わたしは何かの宗教を信じているわけじゃない。でも何かしら漠然とした「神さま」が、わたしの中にいる。もしかしたら「働くこと」がわたしにとっての「宗教」なのかもしれない。だとしたら、絵を描くのが、わたしにとっての「神さま」ってことになるのかな?わたしは自分の中にある「それ」にすがって、ここまで歩いてきた。…どんなに煮詰まってつらいときでも、大好きな人に裏切られて落ち込んでるときでも、働いていれば、そのうちどうにか、出口って見えるものなんだよ。働くことが希望になる―。人は、みな、そうあってほしい。これはわたしの切なる願いでもある。覚えておいて。どんなときでも、働くこと、働きつづけることが「希望」になる、っていうことを。…人が人であることをやめないために、人は働くんだよ。働くことが、生きることなんだよ。どうか、それを忘れないで。」

 バングラデシュの貧困層の女性に対して無担保・無利子の少額融資をおこない働く機会を与えていくムハマド・ユヌスのグラミン銀行のことを紹介したりしながら、上に引用した文章で結ばれるこの西原理恵子のエッセイは美しい。

 で、そんな西原理恵子とYUIがよく似てるんだな、これが。

 西原にとっての絵が、YUIにとっては音楽だったんだろう。高校一年生だか二年生だかのころ、バイトで学費をかせいでいて過労で倒れて入院し、それをきっかけに高校を退学して音楽の道に進むことを決心したそうだ。ストリートで演奏しながら歌手をめざす。彼女が育った家庭環境などに興味のある人は、まあどっかで調べてみて。その辺の事情もちょっと西原理恵子と通じる気がする。結局、オーディションを経て、事務所はスターダスト、レコード会社はソニー(の内部レーベル)という強力なプロモーション体制でもって、映画・ドラマ・CMなどのタイアップでどんどんヒットを出していく。そうやって周囲から期待された「役」を十二分にこなしつつも、その中で自分の音楽を作り上げていこうとする姿は、たくましく、そして凛々しい。周囲の「大人」たちがこれからもっとYUIを売ってたんまり稼いでやるぞって盛り上がっているタイミングで、すぱっと一年間の活動休止を決めたのは、たぶん、彼女自身の意志によるのだろう。なかなかの快挙。そして、活動休止といっても、この間、スタジオにミュージシャンを集めては曲作りをやってるらしく、活動再開が楽しみ。

 というわけで、西原のエッセイ、YUIのアルバムから、元気もらってがんばろうっていう最近の日々です。

2009.3.26.付記 YUI活動再開みたい。4月からのアニメ「鋼の錬金術師」の主題歌で、CD発売は6月3日からとのこと。楽しみ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/12/29

年越し宴会へのお誘い その2

 先にご案内をアップしました年越し宴会ですが、29日お昼の時点で、5名の方から出席希望の連絡を頂きました。私の講義の受講生さん、あるいは元受講生さん、そして、巡見「江戸を縦貫する」の仲間の皆さんをとりあえずの対象としてまだまだ受付中です。
 先日の記事(ここをクリック)もお読みいただき、ご都合のつく方は、私宛に、メールか電話でご一報の上、どうかお出まし下さいませ。31日のお昼から元旦のお昼前ぐらいにかけての長時間・耐久宴会ですが、もちろん、途中からお出でくださっても、また、途中でお帰りになられても大丈夫です。

 お礼の付記2009.1.
 結局、6名のお客さんにお出でいただき、おかげで楽しくにぎやかに年を越すことができました。ありがたいことです。本年もどうかよろしく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/12/03

酉の市めぐり、途中でゴールデン街

 今年は酉の市に合わせた巡見が設定できなかった。痛恨。ただし、個人的には酉の市を歩くことができたのでご報告。

新宿にて
 まずは、新宿花園神社の酉の市。つい最近、期せずしてうれしい再会をはたすことができた友達が、新宿ゴールデン街を案内してくれるという。以前からゴールデン街には興味があったので、大喜びで出かける。スタートの遅いゴールデン街へ行く前に、ちょうど酉の市が始まったところだったので、友達と一緒に露店をひやかして歩く。見世物小屋も出ていた。
 東京のあちこちからお客が集まる浅草酉の市と比べると、こちらは若干こじんまりとして、お客も近隣からやってくる人が比較的多い感じ。開店前のホストたちが連れ立って熊手をかついで道行く姿がいかにも新宿ローカル。友達いわく、ここらの露店の食べ物はなかなかレベルが高いと。たしかに、うまそう。ついつい手を出したくなったが、その後のゴールデン街ツアーに備えてがまんした。
 ゴールデン街では5軒くらいハシゴ。“顔役”の友達のおかげで貴重な経験。やはり、ゴールデン街は本当に良い世界だった。お店で働く人々、そこに集まるお客さんたち、みんなが、この街のディテールとして生きている。そんなディテールをもった社会のあり方が街の景観にも如実に反映している。ゴーストタウン化したなんとかヒルズも、いつかこんな街になれば良いのになぁ。
浅草にて
 翌日は、目白にある大学で開かれた、とあるシンポジウムにコメンテーターとして参加。私のコメントの稚拙さにも関わらず活発な議論が続く盛会。閉会後、目白駅の近所で懇親会。そのまま楽しく二次会へも出席。
 その頃、浅草酉の市は、終盤を迎えていたはず。去年の巡見で知り合った熊手のお店で今年はバイトしている学生さんたちから携帯へ「仕事が終わるから飲みに来い。」とのお誘い。というわけで、真夜中の零時過ぎに浅草酉の市にて合流。取り片づけにあわただしく動き回るお店の人々を眺めながめてから、すぐ近所の吉原へ。
 まずは、旧遊郭ゾーンの角にある韓国居酒屋ぽらむ。ここ、すごく良いお店ですよ。マスメディアやネットにはほとんど情報流れてないけど。
 で、そのあとは、例によって、浅草のカラオケボックスで始発待ち。ひとりの学生さんが気を利かせて、YUIのRolling Star を歌ってくれる。やっぱ良いねぇ、YUIは。
 調子に乗って、自分で、同じくYUIの新曲 I’ll be を歌おうかとも思ったが、なんとか自制。好きなんだけどなぁ、この曲。だけど代わりに柴咲コウの影をついつい歌ってしまい、かなりひかれてしまった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/06/11

フリーター漂流

 もう3年以上も前のことになるが、このブログでNHKの「フリーター漂流」というドキュメンタリー番組の感想を書いた。前編、それから中編まで書いて、後編を書こうと思いつつ、書けずにいる。
 この件は、自分のなかでもずっと宿題でありつづけている。今もそうである。最近書いている「近世の終焉としての現在」という連載記事も、実は、その宿題の一環に位置するものだと、自分では思っている。
 
 今朝アクセス解析をやってみたら、ここ数日、その昔書いた番組感想の記事を読みに来られる人が大変多い。これは、例の秋葉原の無差別殺人事件のせいだろう。
 
 番組では、北海道の運送会社で働いた後、フリーターとなり、あちこち漂流したあげくに、愛知の自動車工場での請負労働へと送り込まれていく男性が登場した。彼は一人前の工員としての人生を始めたいと願いながら、漂流の過程で、その夢を打ち砕かれていく。
 これは、青森の運送会社を辞めて静岡の自動車工場での派遣労働に従事していた今回の事件の犯人とどうしてもだぶってしまう。
 おまけに、犯人を雇っていた派遣会社こそ、あの番組のフリーターを雇っていた請負会社である。番組でこの請負会社の社長が、自分の会社が雇ったフリーターのことを、必要に応じて「前線」へ送り込む「弾」と呼んでいたのも印象に残る。刻々と変化する戦況に応じて、弾薬の不足する「前線」へすぐさま「弾」を送り込むことで、自分の会社は社会に貢献していると胸を張っていた。(今は、偽装請負が問題となって、「請負」会社から「派遣」会社へと変化しているが、実態はほとんど変わっていないようだ。)
 
 今回の事件を通じて、はからずも、あらためてこうした漂流するフリーターの姿に接することになった。なんでも、犯人の働いていた自動車工場では、200人のフリーターのうち、150人をいきなり解雇する計画だったとか。相変わらずやね。自動車工場の幹部社員が、記者会見で、この解雇について、うっかり、「切る」って口を滑らせてしまい、あわてて「契約解除」と言い直すシーンも、先の番組の「弾」発言を思い出させてくれた。

 今回の事件の犯人について、こうした境遇を考慮して少しは免責してやるべきだとは、まったく思わない。しかし、テレビ報道をみていて、もうひとつ、印象に残ったシーンがあった。
 彼がもともと切れやすい性格だったということを裏付ける証言として、かつてアルバイト(正社員という報道もある)していた青森の運送会社の同僚が語っていた。時々、仕事上のトラブルで興奮した彼の頭をコンと小突いて、まあ落ち着けとたしなめていたという。彼もそれにおとなしく従っていたという。この同僚は彼のことを不器用な男だと評していた。

 どうして彼がこの運送会社を辞めたのかはわからないが、もしそのままこの会社で働き続けていたらどうなっていたのだろうか。何度も頭を小突かれているうちに、やがて彼は自分の感情をコントロールする術を身につけた一人前の大人になっただろうか。あるいは、小突かれつづけるうちについに暴発してしまっただろうか。
 一方、自動車工場では、彼の頭を小突いて落ち着かせることのできるような職場での人間関係は成立しえたのだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/06/04

最近のお気に入り

 ここんところ、ちょっと映画はご無沙汰してたが、つい先日、やっと念願の「少林少女」を観にいけた。このブログでもときどき告白しているが、私、柴咲コウのファンです。本来、自分の好みのタイプは、丸顔のなごみ系だと思っていたけど、自分の体型が、昔と違って丸みを帯びてくるにつれて、好みも変わったのか。ここ2~3年の間でファンになりました。

 そういえば、最近のお気に入りの女性シンガーは、YUI 。この人は結構丸顔系かもしれないけど、凛々しさが柴咲コウと通じる気がする。たまに学生さんたちとカラオケに行くと、頼んでYUI を歌ってもらう、というセクハラ・アカハラまがいの振る舞いをしてますが、この前は、ついに自分でKOH+を入れてしまうという暴挙に及んでしまった。もう、どうしようもないオッサンやね。学生さんたち、愛想尽かさないでね。
 
 で、映画「少林少女」、良かったです、はい。ネット上で脚本・演出についてのさんざんな評判を読んでから観たせいか、映画の出来の悪さはすでに織り込み済み。そうしたら、結構、抵抗なく映画に入っていけた(まあ、それにしてもひどかったけど)。
 基本的に、主役は、柴咲コウひとり。舞妓はぁぁんや、どろろと違って、余計な相方(笑)はいません(特に前者の相方は許しがたい!後者は、まあ、仕方ないか)。彼女のファンなら、映画の最初から最後までどっぷりと楽しめます。

 先日、浦和のイタリア料理店で友人と飲んだ。その友人も柴咲コウのファン。さらには、そのお店のカメリエーレ(ホールサービス)さんもファン。三人でちょっと盛り上がってしまいました。友人いわく、「彼女の“まったく自分の思い通りにならない感”がいいんですよ。」というのはなかなかの至言かも。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/04/09

新学期に際してのご挨拶とお願い

桜も散っちゃいましたねぇ。というわけで、ぼちぼち今週から諸大学での授業がはじまる。今年度の出講先は、川村学園女子大学・都留文科大学・日本大学・東京国際大学・埼玉大学・東京女子大学の6校。
 授業のコマ数は、前期が週9コマ、後期が8コマ。これら大学での仕事以外に、東京都公文書館での朝から夕方までの勤務が週2日。
 結局、今年も月曜から土曜までふさがってしまった。あとは育児・家事で大体いっぱいいっぱいかな。

 本当はこの他にも隔週で朝日カルチャーの授業が入る予定だったけど、大学での授業スケジュールが大きく変わったため、それに合わせてカルチャーの曜日を急遽変更したら、これまでの受講生さんが来られなくなってしまい、あえなく閉講。期せずして少し時間が空いたけど、正直、収入減も痛いなぁ。
 昨年度ずっとお付き合いくださった受講生の皆様、そして、4月からも継続申し込みをしてくださってた皆様、本当にごめんなさい。

 あと、そろそろ、腰を据えた歴史研究へ復帰したいとも思うけど、それはまたあきらめよう。まあ、仕方ないな。実際、こうしてあちこちで仕事がもらえるだけでもありがたい話だ。
 ただ、最近は少し不安もふくらむ。理由は、自分の能力の低下だ。まずは、以前より頭の回転が遅くなってきたこと。例えば史料読んでても、読解のスピードがあがんない。そもそも他人よりも頭の働きは遅かったのに。まことに困ったことだ。それから、体力の低下だ。日中にいろんな仕事をやってから、深夜、もうひとがんばりができてたのに、それが難しくなった。あるいは、夜中に仕事していても、以前よりは作業効率が低下してきた。
 これまでだってろくな研究してこなかったけど、それがさらにダメになるのではないかと不安。こんなんで論文が書けんのかなぁ。
 
 と、まあ、スケジュールやら収入減やら自分の能力劣化やらを考えると滅入ってくるけど、実際に授業が始まれば、また、たくさんの学生さんたちと出会えて、元気も出てくるはず。そうやって得られた元気でもって、能力低下をカバーしていかなきゃね。
 
 というわけで、今年度、私の授業に来られる学生の皆々様、どうか、よろしくお願いします。

 それから、町あるき「江戸を縦貫する」の方もよろしく。今年も、去年同様、江戸城本丸からスタートする予定。初回の日程は、今のところ、4月26日の土曜午後にしようかなと。
 昨年度までの常連の皆様も、どうかまたいらっしゃってくださいまし。お待ちしてます。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008/04/02

映画「ノーカントリー」の感想~本当の悪はどこに

 評判どおり、なかなか良い映画でした。そして、評判どおり、相当に怖いけど。アカデミー賞で作品賞・監督賞・助演男優賞・脚色賞だっけ。ちょっと難解な映画かも。


 以下、これから観に行く予定の人は読まないでください。映画館から帰ったら、ぜひまたここに来てくださいな。

 原題は、No country for old men。老人がいられる国はもはや無い、とでも訳すのでしょうか。

 あらすじ。テキサス州西部。モスという貧乏白人男性が、狩りの途中で大金を手にする。麻薬の取引がこじれた銃撃戦のあと、死体が散乱するその現場に出くわして、200万ドル(だっけ)が入ったカバンを自宅にもちかえる。それがきっかけで、モスは、シガーという最悪の殺し屋に追っかけられることになる。そうした事態を察知した老保安官ベルが、モスとシガーの跡を追い始める。さらには、アメリカとメキシコの麻薬取引の組織もモスとシガーを追ってくる。

 とまあ、重層する追跡劇なんですが、ともかく、モスを追うシガーという殺し屋がすさまじい。殺人マシーンといってもいい。要するに、エイリアンみたいな奴だけど、それが宇宙生物じゃなくて、人間だということで断然凄みが増す。傷ついて血を流し折れた骨が皮膚を突き破って苦しみながらも稼働するこの殺人者の姿は、ターミネーターよりももっと怖い。いわゆる絶対的な悪としてシガーは登場し、冷静な態度で人を殺しまくる。

 それに対して、モスは、人間味があるキャラクターだ。映画の大半は、このモスを主人公として構成されている。とりあえず観客は主役のモスに感情移入し、迫り来るシガーにおびえながら映画を観ていくことになる。

 しかし、不思議なのは、映画の後半になると、だんだん観ている僕のスタンスがあやふやになっていったことだ。そして、前半は、エイリアン(ただし、エイリアン第一作におけるエイリアン)みたいに絶対的だったはずのシガーの悪が、相対的なものとして感じられるようになってくる。
 その感覚の変化は、これまで主役だったはずのモスが、殺害シーンも無いまま、いきなり死体となって画面に現れ、お話からあっけなく退場してしまったことで強まり、さらには、ラスト近くで、重傷をおったシガーに逃走用の衣服を与えて金を受け取る少年達の会話によっていよいよ決定的なものとなった。

 絶対悪だったはずのシガーの周囲で、次々と色んな別の悪が発泡し始めたのだ。

 主役のモス自身、ベトナム戦争で殺人をしまくりながら様々な玄人のテクニックを身につけた人物であるし、彼は自分を愛してくれる妻をも死の危険にさらして、大金を手に入れようとする。
 麻薬組織は、一般企業の顔も持っていて、業務の一環として麻薬を取り扱い、やはり業務の一環として、費用や効率を計算しつつ、モスやシガーの抹殺を事務的に企画検討していく。
 決定的なシーンは、先にも書いたとおり、殺し屋シガーがモスの妻を殺害した後で交通事故に遭い、かなりの重傷を負うシーン。たまたま事故に出くわした二人の白人少年がシガーの怪我を心配する。それに対して、シガーは、血まみれの服を隠して逃走するために少年のシャツを金で買い取る。最初、少年たちは金の受け取りをためらう。人助けだし、お金はいいよと。しかし、結局、金を受け取る。そして、よろめきながら逃げていくシガーの背後で、二人はその金の分配をめぐって言い争いを始めるのだ。さっきまでごく普通のうぶで良心的な少年に見えた彼らのそのあけすけな姿。

 さらには、「血と暴力」の現代アメリカ社会に対して絶望し引退していく老保安官が代表する「古き良きアメリカ」が孕んでいた悪についても、その片鱗が描かれる。例えば、先住民族に対する侵略・抑圧や、メキシコに対する経済的搾取や民族差別に関わるちょっとしたエピソードが随所に挿入されている。そもそも、この悲劇の発端となった麻薬問題の根っこも、その辺りにある。
 (この老保安官が代表する旧世界を、単純に「正義」の社会として認めてしまい、それにあこがれたり懐かしんだりする見方は、あまりに牧歌的すぎる。)

 映画の前半は、一般社会のなかに現れたエイリアンとして絶対悪であるかのように見えた殺し屋シガー。しかし、次第にその周囲においてブツブツと発泡し、いつのまにか、シガーの絶対悪を包み込んでそれすら相対化してしまう「一般社会」の悪の姿。
 これがこの映画の真の主題だとみたんだけど。 どうでしょうか?


2008.4.4.付記
 
 個人的な体験だが、この映画の一番の怖さ・不気味さは、映画館を後にしてから数時間後、僕を襲ってきた。

 絶対悪であったはずのシガーの悪を相対化してしまうような「一般社会」の悪。シガーの周辺で発泡するそうした諸々の悪が、にじみ、拡がっていく先を追うのに、僕は数時間もかかってしまったわけだ。

 例えば、イラク戦争。まるでテレビゲームみたいに、誘導ミサイルが飛んで行き、目標地点で爆発する映像。その爆発の下では、幼い子供・非戦闘員をふくむ数多くの人が、実にあっけない死を迎えている(映画の中、たまたまシガーに出くわしてしまったことが原因の、おそらく殺される自覚もないままだったのであろうドライバーやホテルのフロント係の死とよく似た死が、紛れもない現実として、そのミサイルの着弾地点には無数にあった)。そうした「理不尽」な死のありさまを映し出すテレビ画面を自宅のリビングダイニングで眺めながら、むしゃむしゃとご飯を平らげ、缶ビールをうまそうに飲み干す私たち。アメリカが始めたこの「テロとの戦い」に賛同し手を貸した国に私たちは住んでいる。
 あるいは、人が殺されまくり、死体がごろごろ転がるこんな映画を、ポップコーン片手に「娯楽」として消費していく私たち。
 人の死に接して全然動じない、シガーと同じ冷静さを、ときに私たちも共有している。
(2008.4.14.付記 映画の登場人物でいえば、麻薬組織の経理担当者くらいの立ち位置が、だいたい自分に当てはまる気がする。この組織は、一般企業の顔も持っていて、彼が扱う日常的な経理の一部に、シガーやモスの処理問題も含まれている。おそらく、彼にとってそれは、会社全体のふだんの人件費やクレーム対策費なんかと同列に認識されるに過ぎない問題だったのだろう。彼自身、自分が悪である自覚はまったく無い。しかし、人の死に対する彼の感覚麻痺・無神経さは、シガーをはるかに超えているわけだ。シガーに出くわしてしまったこの経理担当者の生死がはっきり描かれていないのは、彼と同じスタンスにいるであろう私たち観客の多数に対する問いかけのように思えた。)
(2008.4.21.付記 たとえば、ラストでシガーをも打ちのめした自動車の問題。日本だけでも、毎年、何千もの命を自動車が奪っている。もし、社会から自動車を追放すれば、たちまち、おびただしい命が救われる。公共交通車両や緊急車両だけを残して、自家用車を全廃してもいい。それだけでも効果絶大だろう。だけど、雨降りの外出の快適さやら、今日出せば明日届く宅配便の利便やら、自動車産業の経済効果やら(はたまた高速移動の快感やらステイタスの誇示やら)を手放すことのできない私たちは、そうやって毎日毎日、たくさんの人を殺していくことを選択している。この際、その選択の是非は問わないが、私たちは、快適さ・利便性・経済効果と、何千もの命とを天秤にかけた場合、躊躇なく、前者を選択する生き物なのだということぐらいは忘れない方が良い。人命が地球より重いなんて、本当は誰も思っていない。映画のラストで、シガーという悪に衝突し、文字通り相対化した悪を、私たちは自分のものとしている。)


 結局、シガーの周りで発泡する悪が拡がる先を追っていくと、それはいつの間にか、僕の足元にも達していた。ちょうど、モスの妻を殺害した直後のシガーのように、足元に目をやると、僕らのズボンの裾や靴底には、そうやって拡がった悪の染みが容易に見つかるだろう。
 僕が一番恐怖を感じたのは、映画が終わってしばらくたって、そんなことを考えた時だった。

| | コメント (5) | トラックバック (4)

2008/03/25

いま安室がよいねぇ

 安室奈美恵のシングルCD「60s 70s 80s」が、彼女にとって久しぶりのオリコン週間チャート1位になるみたいだ。このブログでも、先月末、「最近のお気に入り」という記事で、このCDに入っている「ROCK STEADY」が好きって書いた。その時点では、まだCDは発売前だったが、蓋を開けると、やっぱり大ヒット。別に、自分に先見の明があると言いたいわけじゃなくて、こんな摩耗しきったおっちゃんの感性に訴えてきたくらいだから、このヒットはあまりに当然だと思う。そんなわけで、「60s 70s 80s」、さらに自信をもっておすすめ!
 先の記事では、トップ歌姫の責をエイベックスの後輩たちに任せてからの安室の伸びやかさが良いなぁと書いたけど、これでまた、プリマ・ディーヴァになっちゃったね。なにかと誤算つづきのエイベックスが、ここにきて安室の営業に力を入れたのかもしれないけど。
 で、今度のシングルも良いけど、アルバムの「PLAY」もおすすめ。収録曲のうち「FUNKY TOWN」や「BABY DON'T CRY」が今のところ好きだなぁ。シングルもアルバムも、どちらも、ダンスみなきゃ損だから、お求めの際は、必ずDVD付の方を。
 去年今年、私と一緒に巡見であちこち歩いた人は、「BABY DON'T CRY」のPV、結構楽しめるのでは。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/02/29

最近のお気に入り

 なんとなく、最近の“お気に入り”をリストアップしておこう。

 音楽は、安室奈美恵の「ROCK STEADY」と、BENNIE Kの「モノクローム」。
 最近の安室はホントかっこいいねぇ。かつてのトップ歌姫の重荷はエイベックスの後輩たちにお任せしちゃってから後のノビノビと好きなタイプの音楽をやっているって感じがとても良い。歌のうまさは相変わらずだし。昔、フジテレビのウゴウゴルーガって子供番組で鈴木蘭々と一緒に歌っていた頃の伸びやかさを思い出す。もちろん歌う曲は全然違うけど。
 BENNIE K はそもそも大ファンなんで、どの曲も好きだが、今回の「モノクローム」も良い。ドラマ主題歌って縛りもあるんだろうけど、歌詞もよい。よくあるタイプの、若いフリーター・ネエチャンなんかの愚痴と元気づけの歌(個人的には結構それが好き)かもしれないけど、さすがにBENNIE K は質が高いって思う(ひいき目が過ぎる?)。

 あとは、最近見た映画など。「スウィーニー・トッド」、「ラスト・コーション」、「チームバチスタの栄光」といったあたりを見ました。
 「スウィーニー・トッド」は、ともかく映像が雰囲気良くて面白い。冒頭の帆船がひしめくロンドンの港のシーンから引き込まれちゃいました。お話の内容はそんなに気合いを入れてみるようなもんじゃないけど、楽しめる映画でした。場面場面のグロテスクさは、どこか「チャーリーとチョコレート工場」に似ている気がした。
 「ラスト・コーション」は、とってもぜいたくな映画。ラスト近くでの、ヒロインの衝動的な決断のシーン、そのほんの一瞬をちゃんと描くためだけに、豪勢なセットもそれまでの長いストーリーも、そしてなにかと話題の過激なシーンも、存在しているんだろうって気がした。ぜいたく。いろんな意味で大人の映画かなぁ。
 「チームバチスタの栄光」も楽しめた。全体のお話づくりは失敗していると思うけど。まあ、場面場面で楽しむことができた。主演女優の竹内結子。かねがね、この人が、色気のない、ちょっとのんびりした役をやっているときは、芸能社会史が専門のO女子大のK先生(というかKちゃん)に雰囲気がそっくりだと思ってきたが(別にK先生に色気があるとかないとか言っているわけじゃないですよ、念のため)、今回、映画をみながら、本当にそっくりだなぁと思った(最後は内輪話になってすみません)。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/02/27

鞆の浦の問題

 先日、鞆の浦の架橋・埋立問題について少し触れた記事を書いたら、ネット検索でそれを読みに来られる人がけっこうたくさんいらっしゃる。というわけで、今回は少し補足の記事を。

思い出のなかの鞆 

 鞆港の風景は美しい。近世以来の港湾施設もたくさん残っている。船が通ると静かな波のうねりが雁木をタプタプとたたき、繋留された小型漁船の間には、小さな雑魚の群れが時々サッと身を翻しながら泳いでいるのがみえる。
 生まれて初めて酔っ払った経験は、たぶん小学生低学年頃に、鞆の名産、保命酒粕を食べ過ぎた時だった。結婚当初、金も無く、新婚旅行は日帰りの路線バス旅行で鞆へ行った。僕にとって、鞆はなにかと懐かしい町である。

 そんな鞆の港に橋を架ける計画が進んでいる。計画では埋立地も造成する予定である。それらによって、鞆港の景観は大きく改変される。新婚旅行のとき、港の先の小さな砂浜で写真を撮ったりした記憶があるが、きっとその辺りが埋め立てられるのだろう。

住民の工事賛成

 計画に反対する人々は、この架橋・埋立工事は「暴挙」だという。歴史的景観の価値など省みられることがなかったひと昔前ならいざしらず、今はそうした景観を守ることの大切さが広く認知され始めている。そんな中、鞆港の歴史的景観を破壊する工事なんて、まったく時代錯誤の「暴挙」なのだと。

 一方、鞆の成人住民の9割を超える人々が、かつて、架橋・埋立に賛成の署名をした。こうした住民の支持を受けて、広島県や福山市は工事を進めようとしている。それに対して反対派の人々は、この賛成署名は鞆の町内有力者たちが地域社会のしがらみを利用して集めたものであり、問題があると主張する。それもまあある程度は事実だろう。

 反対派の心情・動機は、冒頭に紹介したような鞆の思い出を持つ者として、また、歴史研究者として、それなりに理解できる。

反対のやり方

 ただ、反対のやり方がまずいって気がしてならない。反対派の主張内容がもし上記の通りだとすると、彼らは賛成派の住民に対して、「あなたがたは無知で時代遅れで自立した意見など持てない非民主的な人たちです」って言い放っているようなものだ。これじゃあ、喧嘩にしかならないだろう。歴史的景観を後生大事に守ることを唱えながら、片方で、鞆の歴史的地域社会をズタズタに破壊していることになる。目に見えない分、後者の傷の方が深刻な状況へ進みやすいようにも思う。

 県や市の主張を崩して工事をストップしようとするなら、賛成派の住民の大勢を説得して味方に引き入れ、鞆の住民の少なくとも過半数以上でもって工事反対を訴えるべきだ。県や市は、これまで、この工事計画は住民の多数の支持を受けているから実施するんだと主張してきたわけだから、これが一番有効かつ唯一の反撃方法ではないだろうか。

 反対派が自分たちの思いをぶつけていくべきは、県や市に対してではなく、まずは、賛成派の住民に対してである。そうやって、鞆の住民の過半数の反対署名とかを獲得できれば、この工事を中止に追い込むことができるだろう。
(付記:このことについては、hatsudaさんからコメント拝受。私としては、やはり、反対運動が住民多数の支持を得ていない状態のままだと、たぶん運動は成功しないだろうし、もし仮に工事を中止できたとしても、鞆の将来に深刻な問題を残すのではないかと思います。)

なぜ工事に賛成するのか

 反対運動を行うためには、まず、工事に賛成している住民の心情をちゃんと理解する必要がある。理解の前提は、まず鞆の町のとめどもない衰退・過疎化状況を知ることだろう。賛成派住民たちのうちの少なからぬ人々は、おそらく、橋がかかったからといって、鞆の町の抱える問題が解決するわけではないことぐらい、よく分かっているだろう。それでも、どうして人々は工事に賛成しているのだろうか。もし有効な反対運動を展開したいのなら、そこのところを、十分なシンパシーをもって理解していかなくてはならないだろう。おそらくそれは、県や市のかかげる建前としての工事目的(渋滞緩和やら観光開発やら)なんかとは相当違うところにあると思う。

 それが理解できないまま、やみくもに、歴史的景観の保護は絶対だ、とか主張するのは、間違っていると思う。


観光化の問題

 一方、工事反対派が描く、観光地・鞆の将来像に対しては違和感が強い。港の景観を守りながら、それを“売り”にして観光業を盛り立てていくべきだとかいった将来像である。世界遺産にしようとかいった運動もあるんだとか。
 うーむ、観光で鞆の地域経済が潤うっていう目論見のずさんさが気になる。以前の記事にも書いたが、そのためには鞆に来る観光客が、短時間通過型ではなくて、宿泊滞在型になる必要があるだろうが、それは可能なのか?
 滞在時間が数時間以内で通過していくタイプの観光客相手に十分儲けられるのは、せいぜい土産物店か軽い飲食店か、はたまた駐車場くらいだろう。まあ、鞆の町なかの条件の良い場所に土地や家屋を確保しているごく一部の人にとってはそれで良いのかもしれないが。そうじゃない人にとって、あまりに恩恵は薄い。

 歴史的景観を“売り”にした観光地化に鞆の将来を託そうと主張する人々が決まってお手本に持ち出すのが、イタリアの古い町々である。そんな人たちは、例えば、ヴェネツィアの超深刻な過疎化問題なんかを知っているのだろうか(ちなみに温暖化による水位上昇がこの町の過疎化の原因だというのは誤解だろう。問題の原因はもっと本質的なところにある)。あるいは、トスカーナのサンジミニャーノやピエンツァみたいな歴史テーマパーク化して空洞化する小さな町々の姿を。
 鞆がそんな歴史テーマパークを目指すなら、それはそれで重大な覚悟が要ることだ。それは、架橋・埋立工事と同じくらい、従来の鞆の町を変えてしまうことだから。(付記:その後、架橋反対を熱心に主張されている法政大の陣内先生と偶然お会いして少しだけお話をうかがう機会に恵まれました。それについてはこちらの記事をご覧下さい。

2009.3.27.付記 先々週、鞆の浦へ行きました。架橋・埋立問題とは無関係の仕事があったからですが、実際に鞆の町を歩いてあらためて思ったことを書きましたので、よろしければ、こちらの記事へ。
 それから、ネット検索してて、この問題について私としては共感できる部分が多いブログ記事にやっと出会えたので、勝手に紹介します。付けられたコメントも説得的な内容です。 『あそコロ♪優パパ日記』から「続・鞆の浦架橋問題」

| | コメント (21) | トラックバック (0)

2008/02/14

レポートレポートのたけくらべ

 このブログ内の記事の中で一番アクセスが多いのは、「たけくらべ論争」に関する記事である。3年も前に書いた記事だけど、たとえば昨年10月から今年1月までの4ヶ月間でアクセス解析すると、のべ約1000アクセスで、訪問人数だと672人だそうだ。古い記事なのに、いまだに毎日5~6人の人に読んでもらっているらしい。ありがたいことだ。ちなみに、「たけくらべ」というキーワードでgoogle検索をかけると、なんとトップページ(の一番最後だけど)に表示されている。「たけくらべ論争」だと、トップページの一番頭に出てくる。そんなわけで、この記事にアクセスしてくる人が多いんだろう。
 といっても、アクセス数が増加するのは、だいたい大学の学期末。よーするに、大学の講義レポートのネタ探しにくる人が大半なんだろう。
 僕の書いた記事をレポートのネタにすることについては、まあ、それは全然構わないけど、レポートでは出典(ネタ元)の明記と、できればこのブログ上でお礼のコメントくらいはちょうだいよね(笑)
 あ、そうそう、それから、評価がどうだったかもぜひ知りたいなぁ。

 で、大学のレポートといえば、最近は他人が書いたレポートをネットでダウンロードし、それを「参考」にしてレポートを作成することもできるらしい。実は、そうした情報のやりとりを仲介する会社があって、誰かが自分の書いたレポートをその会社の運営するサイトに登録する。そうすると、登録者はwebマネーがもらえる。その登録レポートを「参考」にしたい学生は、自分のwebマネーを払ってレポートの全文をダウンロードするという仕組みらしい。
 
 レポートだけではなくて、卒論の「情報交換」のサイトもある。こちらは、かつて卒論を書いた元学生さんたちの有志がサークル的に運営するサイトみたいだけど、これもなかなか面白い。例えば、今年卒論を書いた学生さんがこのサイト関係者の「アンケート」に答えると謝礼がもらえるらしい。さらに、2時間程度の「インタビュー」に応じると、さらに謝礼が加算されるらしい。そうした「アンケート」や「インタビュー」においてどういったかたちの「情報のやりとり」がおこなわれているんだろう?って思わず想像をたくましくしてしまう。で、卒論作成中の学生がこのサイトで依頼すると、卒論作成の「コーチ」が派遣され、例えば、1回6000円で計5回3万円コースといった有料の指導を受けることもできるみたいだ。もちろん、「参考」にするため「先輩」たちの書いた過去の卒論をダウンロードできるといったサービスも展開されている。

 で、このレポート関係の会社と、卒論関係のサークルとは、所在地域が重なっていたりして、余計にいろいろと想像をたくましくしてしまう。

 それはともかく、どうして僕がそんなサイトを訪問したかというと、どうやら、冒頭に紹介した当ブログの記事ととてもよく似た文章が、くだんのレポート・サイトに登録されていたからだ。「たけくらべ」の事で少し調べたいことがあってネット検索していて見つけてしまった。もちろん、僕が登録したわけじゃない。

 以下は、そのレポート・サイトで公開されている、「chiba0527」さんが書いたという「たけくらべ」に関するレポートのサンプル(本文抜粋)。

 『たけくらべ』の最終場面における美登利の変貌の原因について。この変貌原因をめぐっては論争がある。それまで、お転婆で愛らしく活発な少女だった美登利が、突然その元気を失う理由について、従来、学界で定説とされていたのは、美登利が初潮をむかえたから、ということだった。それに対して、教科書にもあるように佐多稲子は「『たけくらべ』解釈への一つの疑問」(昭和60年・5「群像」)で、初潮程度であの美登利が変貌するわけはないだろう、変貌の理由は、美登利が初めて客をとって処女でなくなったからだ、という説を出した。

 次に引用するのは、僕の書いた記事からの抜粋。

 今回は「たけくらべ」の最終場面における美登利の変貌の原因について少し思うところを書いてみたい。この変貌原因をめぐっては論争がある。それまで、お転婆で愛らしく活発な少女だった美登利が、突然その元気を失う理由について、従来、学界で定説とされていたのは、美登利が初潮をむかえたから、という説明だった。それに対して、初潮程度であの美登利が変貌するわけはないだろう、変貌の理由は、美登利が初めて客をとって処女でなくなったからだ、という説が出された。

 うーむ、この記事自体は、あんまりレポート向けの体裁じゃないんだけどなぁ。文体も変だしね。抜粋以外の部分はどうやってまとめているんだろう。ちょっと気になるなぁ。
 ほとんど私の文章を丸写ししてくれているのに、三つめの文の末尾だけが、「説明だった」から「ことだった」とわざわざ改変されているのも気にかかる。それも、なんとなく「chiba0527」さんによる改変後の方がすんなり読めて気持ち良いってのが、ちょいと癪だ。
 ダウンロードしてぜひともレポートの全文を読ませてもらいたいけど、そのためにwebマネーを買ってきて支払うのはちょっとイヤだなぁ。サイトを運営している会社に依頼して、全文のファイルを送ってもらおうか。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/02/01

福山・鞆の浦

 福山への帰省
 
 先日、事情があって、実家のある広島県福山市に帰省した。もうかれこれ7、8年くらい帰省してなかったから、今回久しぶりに福山の街を歩いてみて、なかなか感慨深かった。といっても、滞在時間が5時間程度のとんぼ返りだったから、あまりあちこちを訪ねることもできなかったのだが。まあ、久しぶりに帰るからこそ気づく街の変化もあるとは思った。

 なによりも印象深かったのは、中心市街地の衰退ぶりだった。商店街は壊滅的だ。再開発計画もあるようだが、それがかえって致命傷にならなきゃよいが。
 
 一方、郊外に立地する出身高校の周囲には、ロードサイド店舗が激増していた。高校生の頃はまだ田んぼもあったのに。その頃、幹線道路沿いにポツポツと増えつつあったそうした店舗が、今は裏道の方にも広がっている。かつては点々と散在していたそれらの店舗が、次第に連続的な街区を形作りつつある。ロードサイド店舗群における市場性の芽?

 鞆の浦の問題
 
 今、なにかと「業界」内で話題になっている鞆の浦には行く時間もなかった。鞆の浦は福山市内にある。せっかく自分の故郷の問題なんだから、少しまじめに考えてみてもよいかなとも思うのだが、なかなかなぁ。
 
 おそらく、福山の人たちの少なからぬ部分は、歴史的景観の保全なんかよりも、道路橋や埋立地の早期建設を歓迎している。実際、建設推進派は鞆の浦の住民の9割以上の署名を集めている。この署名については、狭い地域社会内のしがらみを利用して集められたものだと批判する声が「業界」内にもあるみたいだが、思うに、その「業界」団体などが協力して集めた反対署名の方にも何かと問題があるんじゃなかろうか。それが、鞆へ行ったことがないとか、鞆が広島県のどのあたりにあるのか知らないとかいった人にまで、「業界」内のツテで頼んで集めた署名だとしたら、どっちもどっちという気がする。

  「鞆の明るい将来は歴史的景観を活かした観光地化にある。」といった類の無責任な外野の発言にもかなり違和感を感じる。バブル期のリゾート開発業者じゃあるまいにね。観光地として鞆の地域経済が潤うには、鞆が短時間通過型でなくて宿泊滞在型の観光地になる必要があるが、そんなことは本当に可能なのか?かなり難しいと思う。たとえば、鞆が日本各地にある三セク系がらがらテーマパークみたいな町になるのは、福山市民にとって最悪の事態だろう。

 うーん、やっぱりたまには帰省してみないといけないな。

付記:
 えっ、鞆の浦の問題って何?って人も多いでしょうから、簡単に説明を。 福山市の南端、海岸部にある鞆という町の真ん中を県道がはしっているのですが、これがめちゃくちゃ狭くて車もすれ違えない。そのため、海の方に橋を架けたり埋め立て地を造ったりしてバイパス道路を通そうという計画が立てられた。しかし、海上に橋をかけると、稀少な歴史的景観である鞆の港湾風景が損なわれてしまう。そのため、計画推進派と計画反対派とが対立した状態が発生。この問題について、ネットで検索しても、反対派側の情報がほとんどで、問題の具体的な構図がなかなかつかみにくいのですが、とりあえず、こちらの記事や、こちらの記事などを参照のこと。

付記2:補足記事をかきましたのでそちらもご覧下さい。「鞆の浦の問題」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/12/02

年越パーティーのお誘い

 毎年、年の暮れから正月にかけて家族は田舎に帰省しますが、私は埼玉の自宅で留守番。昨年からはかわいいワンコらが一緒にいてくれますが。

 というわけで、例年、静かな年末年始を過ごしておりましたところ、そんな私を哀れんでくれた巡見参加者の有志が、拙宅にて年越を付き合ってやろう、と言ってくれてます。ありがたやー。

 そこで、もし、私と同様、大晦日・元旦あたりでヒマしてるって人がいたら、ウチに来ませんか?いちおう、過去の巡見参加者の皆さんや、大学で私の講義に出ている学生さんなどを対象にお誘いします。それ以外の方も、希望者はどうぞ。
 
 31日の午後遅めに開始。それから、とりあえず、元旦の午前中ぐらいまでは飲んでます(笑) その間でしたら、いつ来ても、いつ帰っても構いません。といっても、いきなり酔いざましだーとか言って皆でワンコらの散歩に行ったりするかも知れませんから、来たい人は、あらかじめ“ご予約”を。だいたいの到着時間を教えておいてください。持参物は、各自、好きな飲み物1点と、参加費500円くらい。ワンコイン・パーティーです。

 料理は私が作ります。といっても、近くで飲んでいる人は遠慮なくコキ使いますので、ご覚悟を。たぶん、基本はイタリア料理になるかな。夜は、いちおう年越し蕎麦を作ります。だいたいの定番は鴨南蛮。

 巡見とは違って、さすがに講義の場で広くお誘いするわけにもいきませんから、興味のある人は私をつかまえて参加要領やら拙宅へのアクセス方法を聞き出して下さい。このブログのプロフィールページにあるメールアドレス宛でメールにて問い合わせて下さっても構いません。

 さてさて、何人来てくれるかな。お待ちいたしております。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/11/07

最近面白かったもの~乾くるみ『イニシエーション・ラブ』、映画『パンズ・ラビリンス』

相変わらずちょこまかと忙しく、記事が書けません。書きたいネタはいくつもたまってきてるんですが。

そんなわけで、近況報告を兼ねて、最近、読んだ本やら見た映画で特に良かったものをご紹介。

ここのところ本はあまり読んでないんですが、抜群に面白かったのは、乾くるみさんの『イニシエーション・ラブ』(文春文庫)。ふだんから作品のディテールを斜め読みしてしまう、かなり先急ぎの読み方をする私は、読み終わってしばらくしても、問題作って呼ばれるこの本のどこがすごいのか、まったく分かりませんでした。ただ、あれれ、ちょっと変だな。作者のミス?って部分が気にはなりましたが。ところがどっこい、ミスじゃなかったんですね。おもしろーい。おすすめです。そんな見事なトリックは別にしても、1960年代生まれの人間にとっては、その世代の恋愛の特徴がすごーく上手に表現されていて感心。描かれているのがあまりに平凡な恋愛だって批判もあるみたいだけど、もちろん、それは作者が意図したところだし、それから、そういう文句言ってるおめーらの恋愛もだいたいこんなもんだろ?って感じかな。
作者の乾くるみって名前は、女性っぽいけど、どうして、こんなに男の心がつかめているのかと不思議に思っていたら、どうやら、男性作家みたいですね。納得。でも、トリックに気がついた後は、なかなか女性の描き方も鋭いなぁと。ただ、まあ、やっぱり、そこに描かれているのは、作者渾身?の「演技シーン」の描写が象徴するように、あくまで紋切り的な、男からみた“女性のすごさ”なのかも。

映画もいくつか観ましたが、とりわけ印象に残ったのは、『パンズ・ラビリンス』。万人にすすめられる映画じゃないと思いますが、もし宣伝とかをみてアンテナが反応してしまい「どうしようかなぁ、行こうかなぁ」って思った人は、なんとか都合をつけて行くべきです(まだやってるかな)。
内戦期のスペインの田舎が舞台の、多感な少女を主人公とするダーク・ファンタジーです。映画評をいくつかみると、「不思議の国のアリス」のダーク版という見方も提示されていますが、私の場合、映画を観てる最中から、「マルチェッリーノ パーネ・エ・ヴィーノ」の物語を連想してました。「マルチェッリーノ」を観て、まずは感動しつつも、こんな悲惨な話を感動の物語に仕立て上げる美化作用というか幻覚作用を持ったキリスト教の怖さや残酷さについて私と共感してくれる人であるなら、なおさら、『パンズ・ラビリンス』は、その辺がストレートに表現されいて、うん納得、の絶対おすすめ映画です。
2007.11.09付記 この記事の末尾のあたり、ちょっと言葉たらずでしたね。この映画で「ストレートに表現されて」いるのは、「キリスト教の怖さや残酷さ」の方ではなくて、物語の「悲惨」さの方です。とってもドライなファンタジーという、一見矛盾した二つの言葉がしっくりとあてはまる映画でした。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007/09/05

うちのワンコ

 最近、妙に忙しくてなかなか記事が書けず。巡見で行った神田の繊維問屋街で思ったことなどを早く書きたいのだが。というわけで、身辺雑記などを少々。

 ちょっとした事情があり、うちでは一年半ぐらい前から犬を2頭飼い始めた。2歳半くらいの雑種中型犬のオスとメス1頭ずつ。夜は台所の土間で寝かせ、昼間は庭でごろごろさせている。
 
 こいつらの性格が対照的で見ていると面白い。オスは、おっとり、のんびりのお人(犬)好し。メスは、賢くて勝ち気で、普段はオスのことを完全に尻に敷いている。メスに一喝され、すごすごと自分のテリトリーへと戻るオスの姿が情けない。

 しかし、メスの方にはいろいろ弱点があって、特に雷は彼女にとって最大の恐怖。ところが、あいにくここ埼玉は雷の“名所”。しょっちゅうゴロゴロと鳴り響く。昼間は庭でお姫様然として過ごす彼女は、雷が鳴ると、一目散に犬小屋の一番奥に逃げ込み、これ以上ないくらい小さくなって震え出す。
 すると、いつもはしいたげられているオスが、メスの小屋の入り口のところに座って、ガードマンを始める。「オレがいるから大丈夫だよ。」って感じで。普段、情けない彼だが、このときばかりは、見違えるほど凛々しい。ワンコ界のケビン・コスナーだね。

 で、雷が去って、青空が戻り、しばらくすると、いつもの2匹。勝ち気なお嬢のメスと、のんびりおっとりのオス。なかなか良いコンビみたいだ。
 写真は、雷が鳴っている時のふたり。写真をクリックして、少し拡大して見てやってくださいませ。
070428_7

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/11/19

ヒットチャートをながめて

なかなか仕事があがらない。こんなはずじゃなかったのに。
なにも文学作品書いているわけじゃないから、悩まずに、まずは、書くべきこと、書けることをただただ書けばそれでいいはずなんだけど。
編集の人には迷惑かけてるなぁ。
煮詰まった頭を切り換えるためには、ゆっくり豆を挽くところから始めてコーヒーを飲むことにしてる。
あとは、なにか音楽。

で、今、買いたいCDをリストアップ。
ここのところ、好きなアーティストの新曲が次々に。

まずは、もちろんミスチルの「しるし」。ひさびさのミスチル・ラブソング。
やっぱり桜井さんはラブソングがいいな。
それにしても、今回のプロモーションビデオのシンプルさには驚いた。
まあ、桜井さんの歌う姿をストレートに、っていうコンセプトには賛成。

それから、BENNIE K の「JOY TRIP」。
ちょっとヘンテコなカントリーウエスタン調だけど、さすがBENNIE Kで、なんともかっこいい。元気が出そう。

あとは、アジアン・カンフー・ジェネレーションの新曲(曲名わすれた)。
相変わらずのアジカン節だけど、ちょっと歌詞にウエイトがかかってるかな。

すぐ買いに行きたいけど、外は雨。カサはあるけど、おとなしく家で原稿を書き書きしましょ。
曲の感想は、仕事終わって、CD買ってから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/09/22

運動会というお祭り

 運動会のシーズンである。うちの子供たちも学校でダンスやらかけっこの練習にいそしんでいる。

 ふと、自分の運動会の思い出を振り返ってみる。もちろん幼稚園や学校の運動会も記憶にあるが、意外と強く印象に残っているのは、住んでいた町内の運動会や、父親の勤務先の社内運動会である。
 学校の運動会では、がんばって走っても何の褒美もなかったが(もしかしたら、ノートや鉛筆ならもらったことがあるかもしれないが)、町内運動会や社内運動会だと、お菓子の詰め合わせなどがもらえてうれしかった。
 大人たちが血相変えて転びながらリレーをやってる姿も印象的だったし、学生時代に陸上をやっていた父親の活躍が誇らしかった記憶もある。
 それから、町内運動会や社内運動会の場合は、会場の入り口付近にテキヤの屋台が何軒か並んだりすることがあり、それをひやかすのも楽しみだった。

 ああした町内運動会や社内運動会は、今、どうなったんだろう。
 多くの地域社会が、コミュニティーとしての実質を喪失した今、町内運動会なんて消えゆく運命なのか。いわゆる日本型雇用を放棄し、コミュニティー的機能を捨てていく会社の倉庫で、使われなくなった万国旗は埃をかぶっているのかな。
 あるいは、新人研修では駅前で大声をはりあげて歌わせたりする会社なんかが、今ごろも社内運動会の予行演習に熱を入れているんだろうか。

 そうした町内や社内における運動会という祭の歴史がちょっと気になった。学校や地域の運動会について、「近代」イデオロギーなんかとからめながら分析した研究ならありそうだ。
 社内運動会の歴史や現状に関する研究があればちょっと読んでみたいな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/04/06

引越しました

ずいぶん長い間、更新をさぼってしまいました。
このブログを見に来て下さった方、ごめんなさい。
実は、この間、引越をしました。
休日にふらっと寄った近所の不動産屋でみつけた、これまた近所の貸家へ。
これまでは賃貸アパートでしたが、今度は庭付き一戸建ての貸家です。
なにかにつけて無精なうちの家族は、掃除や手入れが大変な一戸建てに住むのは無理だとあきらめていましたが、とりあえず見に行った築40年のその家の外観にみんな一目惚れ。おまけに家賃も、それまでのアパートよりは少し安い。で、即座に引越決定です。庭も少し広めなので、調子に乗ってワンコも飼うことに。
そんなこんなで、しばらくは新しい巣作りに夢中になっていました。
まだまだ荷物は片づきませんが、まあ、そろそろ新年度もスタートしたので、生活のペースをもどさなくてはいけません。来週からは大学も始まるし、仕事も溜まっているし。
というわけで、まずは落ち着いてPCの前に座る習慣を復活させるべく、ブログの更新から再開したいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005/12/13

お江戸日本橋と都市景観その6

日本橋 みちと景観を考える懇談会
 日本橋の再生事業に関係する組織はいくつかあって、それら組織のどこを検討の対象とすべきか迷うが、とりあえず今回は「日本橋 みちと景観を考える懇談会」を選んでみた。「学識経験者、地元有識者、国土交通省、東京都、中央区及び首都高速道路公団による懇談会」、だそうで、昨年には、日本橋再生プランのコンペなども主催した団体だ。

日本橋地域の現状と課題
 この懇談会のホームページ「日本橋地域のまちづくり」をのぞいてみると、「日本橋地域の現状と課題」なるページがある。当然、そこには、日本橋地域の景観をめぐる問題認識や課題がまとめられている、と思いきや、それは大間違い。この「現状と課題」のページに列挙された項目は次のとおり。
 「オフィス集積度、金融集積度、用途地域等、土地利用の現況、建物構造等、借地権割合、都心主要オフィスエリアにおける空室率の推移、オフィス募集賃料の推移、オフィスビルの立地ニーズと現状の課題、路線価図の比較、日本橋周辺の主な開発状況、地下鉄駅降客数、日本橋地域在住者数」。

 あれれっ?ここには景観の“け”の字も出てこない。会の名称である「みちと景観を考える」とは、おそらく、主に首都高の移設問題と日本橋地域の都市景観について考えるってことなんだろうな、と思ったのに。変だなぁ。

 「都心主要オフィスエリアにおける空室率の推移」の項目をみると、「日本橋地域のオフィス空室率は、1999年9月時以降は改善傾向にあり、2001年9月時点では、約半分程度となっている。しかしながら、丸の内地域や西新宿地域等と比較すると、依然として、かなり高いオフィス空室率であることがわかる。→高いオフィス空室率」と記されている。
 次に「オフィス募集賃料の推移」という項目を見ると、オフィス賃料のデータが示された上で、「オフィスの募集賃料は、全体的に低下傾向にあり、日本橋地域の賃料は、西新宿と同程度となっている。また、東京駅を跨いで反対側に位置する丸の内周辺と比較すると、約半分の賃料であることがわかる。→オフィス賃料の低下」という説明が付されている。
 「路線価図の比較」の項目では、「また容積率等が異なることから、路線価を他地域と一概に比較することはできないが、丸の内、銀座、青山といった地域と比較した場合、丸の内、銀座よりも、路線価はかなり低くなっている。→周辺地域と比べ低い路線価」と書かれている。

 以上、「日本橋地域の現状と課題」というページに表れているのは、オフィスビルなどの不動産的価値をなんとかして高めていきたいという人々の金銭的欲望やら、丸の内・銀座・西新宿などの都心他地域に向けられた嫉妬心やらである。(つづく)

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005/11/19

大宮ベネチア復活

 記事末尾の2008年2月・7月の付記もお読みください。
 最新情報:小川シェフが古巣ベネチアに戻られて新シェフに。2008.7.30.
 大宮のリストランテ・ベネチアに関する新しい記事2008.8.6.はこちら
 2009.3.付記ベネチアの元シェフの飯岡由多可さんは、現在、中野富士見町のRabyにてシェフをつとめていらっしゃいます。

 まっとうなイタリア料理がまっとうな値段で食べられた希有なお店、笹塚サルサズッカ小川シェフが退店し、イタリアへ行ってしまうという話を聞いてガッカリしていたところ、うれしい知らせ。(2008.2.27.付記 小川シェフは現在、西新宿の住友ビル51階にあるリストランテ・ウーノのシェフとしてご活躍中。一度行きました。抜群の夜景も楽しめるお店です。ホールの澤木さんは、小川シェフとイタリア・マルケのお店で一緒に働いたこともあるという、熱心でチャーミングな女性です。)(2008.7.30.小川シェフが大宮ベネチアに戻られました!)
 事情があって一時閉店していた大宮の名店ベネチアが、今月初に移転復活。シェフはもちろん、飯岡由多可シェフ。本当にうれしいです。
 ちなみに、ベネチアはサルサズッカの小川兄弟が修業されたお店です。ベネチアの料理とサルサズッカの料理とはタイプの違いもありますが、サルサズッカの料理にみられる、ベーシックな力強さや、ていねいな仕事ぶりは、あきらかに、ベネチアの料理を受け継いだものです。
 復活したベネチアには、一度、ごあいさつがてら、ランチに行きましたが、その後、ディナーは予約一杯で入れず、まだ行ってません。待ちかねていた常連客が、大喜びで押し掛けているのでしょう。まあ、いずれそのうち。 その折には、このブログで報告しましょう。
 大宮ベネチアのファンでこちらのブログにお出でくださる方もいらっしゃるようですから、新しいアドレスを書いておきます。大宮駅からは歩いて15分くらいでしょうか。氷川神社の参道の方、大宮図書館のすぐ南、清水園という結婚式場の通りをはさんだ向かいです。
 
リストランテ・ベネチア 330-0841さいたま市大宮区東町2-228-1鈴木ビル1F
 月曜定休、席数が少ないので事前に予約がおすすめ。電話は以前と同じ 048-643-2000

2008.2.2.付記:
 2007年末、ベネチアの経営者が変わりました。当面は元オーナーも飯岡シェフも引き続きお店に出るということでしたが、結局、シェフは交代し、元オーナーも店を去られるようです。
 新生ベネチアはどうなっていくのでしょうか。先日、一度ランチを食べました。パスタコースを食べてる途中で気が変わってアラカルトでお願いしたセコンド、鴨のもも肉の煮込みは素晴らしく美味しかったです。受け継がれるべきベネチアのコンセプトがその料理には活きていたように思いました。ホール担当の方もとても優秀です。もう何度が食事してみて、あらためてレポートしましょう。

2008.2.27.付記: 
 その後、ランチのみですが、2回ほど行きました。計3回、毎回、いちおうアラカルトのセコンド、ドルチェまで食べましたが、本当は、肝心のディナーに行かないであれこれ評価しちゃいけないですよね。その点は勘弁してください。

 結論から言って、「ひじょーにお薦め!」 初回はシェフ交代・再オープンの直後だったせいか、若干の??もありましたが、その後すぐに、問題は解消されたように思います。そうしたことからも、お店のやる気が伝わります。

 門平シェフの料理は、完全に私の好みです。ベネチアに来られる直前、アブルッツォで研修されたそうです。私自身、アブルッツォ州へは、州都のアクィラへ一度行っただけですが、そこで食べた料理はなかなか印象的でした。一言で言うと、濃さ・力強さのある充実した料理でした。といっても、北イタリアのようなしばしばバターやクリームを使った料理の濃さではなくて、熟成した肉やチーズ・味の濃い野菜などにもとづく強さ・濃さが特徴ではないかと感じました。門平シェフの料理には、食べ手が持て余すようなくどさはありませんが、そうしたアブルッツォ料理のパワーがしっかりと息づいているようにも思います。
 そこら辺の小洒落たイタリア料理店で出てくるような、からまない具がナントカ産のナニナニという肩書きでもってもっともらしく載せられたアーリオ・オーリオ・エ・ペペロンチーノ系パスタ、雑炊みたいなあっさりリゾット、サラダの上にちょこちょこっと肉を添えたようなセコンド。そんなひ弱なイタリア料理に飽き足らない人はぜひベネチアに行ってみてください。かつてのベネチア・ファンもきっと満足できる料理だと思います。
 
 ホールの伊藤店長のサービスも好感が持てます。うちの小学生の子どもたちも居心地よく馴染めたみたいです。キッチリしたサービスとフレンドリーさとが両方あって、そんなところもイタリアっぽい気がします。日曜日、午前中の礼拝も終わり、家族そろって(あるいは一族そろって)外食を楽しんでいるイタリアのレストラン風景が特に好きだと店長さんに話したら、「私もそうなんです。」と共感してもらえました。子連れの外食派にはとってもありがたい。ホールひとりで、混みあったときには大変そうですが、その辺の事情はお客が察してあげても良いかな。(なお、伊藤さんは今月いっぱいで一度お店からあがられるそうです。復帰のセンもあるみたいです。我が家一同、お帰りをお待ちしております。)
 
 それから、特筆すべきはワイン。3000円台・4000円台でしっかりと美味しいワインがあります。個人的に、コース料理の代金を上回る値段のワインをメインに置いてるようなリストランテには不満を持っていましたが、これなら文句なしです。そして、もし7000円8000円だせば、マニアでもきっと大満足っていう良質のワインがそろってます。こうしたワインの充実ぶりは、ディアボラやアズーリといった、ワイン売り上げの多い店の系列に加わったことで実現したものだとか。かつてのベネチアの個性的なリストと比べると八方美人的なリストかもしれませんが、その分、誰でも満足できるバランスのとれたラインナップだと思います。

2008.7.30. 付記
 小川さんがベネチアの新シェフに。大宮ベネチア出身で、笹塚の伝説的名店サルサズッカのシェフをされて、その後、渡伊、それから新宿のリストランテ・ウノのシェフになられていた小川さんが、古巣のベネチアに戻られました。復帰のご連絡をいただいたものの、まだベネチアには行ってません(といっても連絡は昨夜いただきました。今日明日にでも行きたいな)。
 小川さんは、かつてのベネチアの伝統をしっかり受け継いでいる人だと思っています。その上で、小川さんの料理には、独特のセンスが輝きます。新宿のリストランテ・ウノの頃は、なにかと制約が大きいなかで健闘されているなぁと思いつつ、サルサズッカの頃からの小川ファンのなかにはちょっと残念に感じる人もいらっしゃるのではないかと正直危惧していました。まあ、そのくらい、サルサズッカはすごいお店だったもん(それについてはこちらの記事を)。で、たぶん、今回ベネチアに戻られて、その制約がかなり減ったことは確実でしょう。
 なるべく早めにベネチアへ行って、またレポートします。きっと、得意料理のポタッキオ(マルケ州あたりの郷土料理で、鳥類やウサギなどの煮込み)がベネチアでも食べられるんだろうな。すっごい楽しみ。

 ベネチアからご案内お知らせなどについては、こちらのブログ「Azzuri新聞」に行って、「姉妹店ベネチアより」のカテゴリー記事をご覧ください。
 

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005/08/09

夏はゴーヤのスパゲッティ

久しぶりの更新です。
暑いですねぇー、まったく。ということで、夏のスパゲッティとして、ゴーヤのスパゲッティはいかが?
ゴーヤのスパゲッティは去年から何度かチャレンジしてきましたが、満足のいくものが作れませんでした。
ゴーヤ・チャンプルからの連想で、卵と合わせようと決め、まずは普通のカルボナーラを作って、それにゴーヤも混ぜる感じで試作してきましたが、それだと、チーズやベーコン、パンチェッタなどの風味にゴーヤが負けてしまうんですよね。で、対策として少し厚めにゴーヤをスライスすると、今度は麺や卵とゴーヤとが絡まなくなってしまう。
かといって、卵とゴーヤだけでは、味が足りない。たんぱく質系の味をもう少し加えたい。
そこで、再びゴーヤ・チャンプルからの連想で、削りガツオを混ぜるといいかもしれないと思いましたが、結局それは未挑戦。昨日作ったときは、安直に、卵に醤油を垂らしてみました。でもこれがなかなかgood!要は、生卵ご飯と似たようなテイストですけどね。ゴーヤはみじん切りで、麺・卵との絡み具合をアップ。

・麺を茹でるための鍋にたっぷり水をいれて火にかける。

・ゴーヤを粗くみじん切りする(縦に割って種を掻きだし、それを縦半分に切ってから、やはり縦の細切りにして、あとはそれをまとめて小口切り、って手順が楽かも)。分量は二人分でゴーヤ1本くらいかな。ゴーヤの大きさにもよるけどね。

・お湯が沸騰した鍋に塩を入れて、細め、あるいは普通の太さのスパゲッティを鍋に投入。

・生卵(乾麺100g使用の一人分だと、全卵1個+卵黄1個くらいが私の好み)をボールでといて、そこに胡椒を入れて、醤油をたらす。醤油の量はお好みで。生卵ご飯と一緒。

・フライパンを熱して油(できればゴマ油)をひき、ゴーヤを軽く炒める。炒め具合はお好みで。油がまわる程度で火を止めてしゃきっとした歯ごたえを残してもいいし、もう少し炒めて、麺や卵と絡みやすい柔らかさを出してもいい。
ごくかるく塩と胡椒。炒め終えたら、ボールへ移して卵と混ぜる。

・茹であがったスパゲッティは、お湯をよく切って、ボールへ入れ、卵・ゴーヤとよく混ぜる。出来上がり。

まあ、これで間違いのない美味しさです。ベーコンなどの肉類を使うよりは、ゴーヤの風味が楽しめます。生卵に納豆を加えて混ぜるのも美味しいかな。こんど試してみて、美味しかったら報告します。
それでは、毎日暑いですけど、ブォナペティート!(良き食欲を!)。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005/05/28

巡見~江戸を縦貫する 番外・浅草

 今夜のTBSドラマ「タイガー&ドラゴン」は、面白かった。話の下敷きになる落語「猫の皿」が、すごくうまくはまっている。感心。

 伊東美咲のキスシーンもなかなか良い。実を言うと、それほど好みの女優さんではないが、シーンの設定が心憎い。あれなら誰がみても、可愛いって思うだろう。クドカンはさすがやね。

 それはともかく、このドラマにでてくる浅草の街の雰囲気がなかなかリアル。思うに、最近の浅草ってのは、テーマパーク的な印象が強い。近代東京レトロっていうか、なんていうか。そのテーマパークっぽさが、このドラマの浅草風景として、よく表れていると思う。浅草が最近、人気を取り戻しつつあるのも、そんなテーマパークっぽさが受けているからではないかと思う。

 20年余り前、予備校の寮が千葉にあり、そこからオールナイトの映画などを観に、浅草へちょくちょく通った。その頃の浅草は、本当に寂れた街だった。通りの脇にあった植え込みの枯れ枝が、風に吹かれて丸い塊になり、道をコロコロ、カサカサ、転がったりしていた。その時分は、街の古くささが現在のレトロ的、テーマパーク的面白さを生むには、まだ時期が早すぎて、そこは単なる時代遅れの盛り場だった。あちらこちらで、バブル景気が「下町」の風景をむしばんでいた。
 「タイガー&ドラゴン」が現在の浅草風景をうまく取り込んだドラマなら、当時の浅草をよく表しているのが、山田太一原作で大林宣彦が監督した映画「異人たちとの夏」だ。現代版牡丹灯籠みたいな怪談のこの映画は、殺伐とした都会の人間関係に疲れた男が、浅草で幼い頃に亡くした父母(幽霊)と再会し、その父母が暮らす幻の古アパート(本当はすでに取り壊された跡地)へ通いつめるというお話。
 もし、浅草ファンで、まだこれらドラマ・映画を観てない人は、ぜひご覧下さいな。「異人たちとの夏」のすき焼き今半のシーンはいつ観ても泣いてしまう。

 ついでに、「タイガー&ドラゴン」の噺家世界に興味を持った人は、こちらの映画もどうぞ。森田芳光監督の「のようなもの」。忘れられない映画です。なんとなく、研究者世界にも通じるかな。そうそう。「異人たちとの夏」も「のようなもの」も、秋吉久美子だね。これまた、私はそれほど好みではないが、映画の中では素晴らしく良い。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005/05/27

教育の資格

 今、論文を書いている。3本くらい同時進行だ。論文を書くのは好きだから、こうやって執筆仕事があるのは、嬉しい限りである。ただ、我ながら、困ったクセがある。締切をにらんで余裕ある執筆進行というものができない。編集の方々、ごめんなさい。そんなわけで、1本は校正、もう1本は註や図表作成、もう1本は本文を書き進める、といった作業を平行して行うハメにおちいっている。間違っても器用とはいえない私にとっては、なかなか難儀である。そうそう、明日の講義2コマの準備もしなくては。

 そんな状況をさらにややこしくしているのは、さっき学校から帰った娘である。「宿題をしろよ。」というと、「土・日があるから大丈夫。」と言い返してくる。もちろん、私の娘だから、結局、日曜の深夜になって、やっと、べそを書きながら、漢字ドリルをやったりするのが、いつものパターン。こっちは、それが分かっているから、少し厳しく「今のうちにやっておかないとダメだ。」と言うと、今、不承不承、宿題をやり始めた。

 そうやって娘を叱りながら、「他人のことは言えねぇよな、まったく。」と、自己嫌悪しながら、執筆作業続行。どうせ、宿題が終わったら、筆箱やらノートを出しっぱなしにしてしまう娘に対して、また、「ちゃんと片づけないと、学校行く直前に、あれが無い、これが無いって騒ぐことになるよ。」と説教するんだろうな。そんな私の机の上、さらにはイスの周りの床は、史料やら参考文献でグチャグチャ。註で参考文献のデータを載せようとしても、行方不明の本を探すのに一苦労だ。

 こんな私に、娘に説教する資格はあるのか?

 昔、学生時代、オーケストラにいた。金管楽器をやっていたが、その方面の才能は著しく欠如していた。それでも学生オケの常として、上級生になると下級生を指導しなくてはならない。もちろん、自分よりちゃんと楽器が吹ける下級生ばかりだ。それでも自分に指導する資格はあるのか?
 そのオーケストラのある先輩が言った。「それでも胸張って指導すればいいんだぞ。」と。「じゃないと、下手な先輩をもった後輩は上達できないってことになるから」。
 自分が思うように楽器が吹けないとしても、「こんなふうに吹けたらいいのにな。」という理想像はある。それをもとにして、下級生を指導すればよい。自分ができないからといって萎縮せず、その下級生ができそうなことならどんどん要求していけばよいと。いや、むしろ、そうやって指導するのが義務だと言われた。

 まぁ、そんなことを思い出しつつ、宿題が終わった娘には、やっぱり、ちゃんと片づけをさせよう。その後で、そんな娘を見習うことで、私もちょっと悪習を変えなきゃね。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/05/02

JR西日本の尼崎脱線事故

人の命はどのくらい重いの?
 尼崎の脱線事故の背景には、利便や利潤を重視するJR西日本の体質問題が存在したという見方が強まっている。
 人の命は地球より重い、なんていうけど、それは嘘。
 実際には、利便・利潤とてんびんにかけられたとき、人命なんて本当に軽いものなんだな、としみじみ思う。

誰がJR西日本に石を投げられるのか?
 ただし、JR西日本のことを悪く言う資格が我々全員にあるわけではない。だって、いま享受している利便・利潤が守られるのなら、たくさんの人が死んでも構わない、という姿勢は我々の大多数が共有しているからだ。傍観する立場の我々はJR西日本の同志である。
 たとえば、ここ10年をみても、国内の道路交通事故で毎年8千人から1万人の人が死んでいる。こんな記事を書いている間にも、どこかで誰かが死んでいる。
 もし本気で、人命は地球より重いっていうのなら、この世から自動車・バイクを根絶すればいい。たちまち、その大半の命は救われる。
 しかし、自動車産業がもたらす経済効果や、今日宅配に荷物を出せば明日には届くという便利さ、雨の日にも濡れずに移動できるという快適さなどの代償に、毎年毎年8千人もの命が失われ続けていく。

遅い自動車は好きですか?
 自動車・バイクの即刻全廃が極論だというのなら、全車にスピードのリミッターをつければよい。ちょうどJR西日本に対して列車の自動制御装置の厳格な運用を求めるように。
 すべての自動車・バイクは時速15km以上出せないようにする。消防車など緊急車両は除外。高速道路上だけは、そのリミッターの設定を変えて80kmくらいまで出せるようにしてもいい。
 これならすぐに実現可能ではないだろうか。これで、おそらく毎年何千人かの命が救われる。
 だけど、そんな主張は世の中に受け入れられそうもない。高性能の車に乗る優越感や高速の移動がもたらす陶酔感、目的地に数分早くつけるありがたさの方が、たぶん人命よりも大事なのだろう。
 あるいは、「悪いのは自動車やバイクではない。無謀な運転をするドライバーが問題なのだから、そちらを減らす努力をすればいい。」といった、銃規制反対論者そっくりの意見もあるだろう。
 私自身、自家用車は持っていない(持てない)。しかし、毎日、なんらかのかたちで自動車の恩恵を受けて生活している。だからエラそうなことを口にする資格はない。事故死を減らすべく頑張る技術者や警察その他の人々の地道な努力を無駄なことだと決めつけるつもりもない。
 
 ただ言えるのは、利便・利潤のため今も人を“殺し”つづける集団に、我々は属していることを忘れない方がよいということだ。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2005/04/28

ミョウガのスパゲッティ

イタリアの田舎町で食べた、忘れられない味のパスタがある。
それは、カルチョーフィのパスタ。

カルチョーフィというのは、英語でいうアーティチョーク。和訳すると朝鮮アザミとかいうそうだ。
そのカルチョーフィのみじん切りを、ニンニクと唐辛子をきかせたオイルで軽く炒め、それをソースとして麺に絡めたものだ。カルチョーフィは日本でも時々売られているので、何度か家でも作ってみた。美味しい。ただし、フレッシュにかぎる。水煮?の瓶詰めとかじゃ、まるでだめ。

で、日本の野菜山菜を使ってその真似をしたいと思い、いろいろと試してきた。
カルチョーフィは、かなりアクが強い。味は違っても、それに匹敵するクセの強い素材がないものか、と。

お寿司屋さんの「ガリ」をみじん切りにして、ニンニク・唐辛子オイルとあわせ、スパゲッティにあえる。これは、なかなか美味しかったけど、やや、甘さが邪魔かも。甘さを抑えた「ガリ」を探すか、自作するか。

以前、フキノトウのみじん切りを試したけど、いまいち。

最近、タラノメのみじん切りでもやってみた。これはまあまあ美味しいけど、やや淡白。タラノメの分量を増やしたり、加熱具合を再調整して、もういちどやってみよう。

で、比較的成功したのは、ミョウガ。ミョウガの好きな人はぜひお試しを。

1、フライパンのオリーブオイルにニンニクと唐辛子をいれて弱火。ニンニクはたたいてつぶしたもの。みじん切りを入れると強すぎる。唐辛子もニンニクも早めに取り除いて、利かせ過ぎないように注意。

2、細めのスパゲッティを茹で始める。

3、茹で汁適量をフライパンに入れてよく混ぜる。ドレッシングを作る要領。

4、麺が茹で揚がる直前に、みじん切りのミョウガ(一人分4~5個)をフライパンに入れて、ごく軽く加熱。塩を入れて味をみる。こしょうなどは入れない方がいいと思う。

5、茹で揚がった麺の湯をよく切って、フライパンにいれてあえる。出来上がり。

先日、笹塚のイタリア料理店サルサズッカで、面白いパスタを食べました。
麺は、スパゲッティじゃなくて、タリオリーニ。手打ちの細め平麺ってところ。
たらのめ、こごみ、つくし が入っていた。あと、ウドかなにか。
つくしを使ったパスタは昔から作ってみたかった。でも、今回食べて、かなり淡白だとわかった。工夫がいりそう。
それはともあれ、今回サルサズッカのタリオリーニは美味かった。

| | コメント (6) | トラックバック (1)

2005/04/23

日清カップヌードルのCM

カップヌードルのCMの最新版には、銃をもってパトロールする少年兵が登場。
広がる青い海の美しさと、その彼方をみる少年の姿に心を打たれた。
もちろん、そこに流れるミスチルの歌もすごく良い。

だが、どうやら、このCMにはクレームがついたようだ。
放送は中止だとか。日清のHPからも関連ページが落ちている。

アニメで子供らが武器を扱うシーンはOKだが、実写だとダメってことなんだろう。おそらく。
報道番組で十分な説明を付けて実際の少年兵を取り上げるのはOKだが、CMにいきなり少年兵を登場させるのはダメってことなんだろう。おそらく。

でも、説明なんてなくったって、あの少年の姿が投げつけてくるインパクトだけで十分な気もする。
視聴者が子供であっても、そのインパクトを受け止めてCMの意図の本質を直感的に理解できると思うんだけど。無理かなぁ。
家庭において、親子で遠い国の少年兵の問題を話しながら、戦争について考える良いきっかけにもなると思うんだけど。だめかなぁ。

残念でした。制作者の方々、これにめげず、シリーズの続作、頑張って下さい。

| | コメント (4) | トラックバック (2)

2005/03/30

その時歴史が・・・樋口一葉

今夜はテレビづけになりそう。
もちろんバーレーン戦は見たい。

それから、もう一つ。NHKの「その時歴史が動いた」で樋口一葉がとりあげられる。
このブログでも書いたが、遊郭吉原周辺の町あるきをきっかけに、樋口一葉の『たけくらべ』を読んで以来、すっかり一葉ファンである。

今夜の番組には、あの瀬戸内寂聴さんが出て一葉を語るんだとか。一葉の援助交際に関する自説も展開されるんだろうか?ちょっと興味あり。「寝てもくれない女に、そんな大金くれてやる男なんていませんよ。」ってな具合で。

番組予告をみると、『たけくらべ』ではなくて、『にごりえ』を書いた時が、「歴史が動いた」時だそうです。
まあ、それは当然。

『にごりえ』は本当に凄い作品だと思う。主役の売れっ子娼婦は、お力って名前でしたっけ?よく書けてるなぁ。
賢くて、可愛くて、弱くて、明るくて。今、風俗嬢やっても絶対人気が出るに違いない。で、やっぱり切ない運命をたどるんだろうけど。

一葉は、何人もの娼婦と付き合っていたらしいが、そうした交流のなかで、売れっ子とそうでない子の違いってのを事細かにつかんでいったんだと思う。それにしても鋭い観察眼だけど。
で、その観察眼は、『にごりえ』っていう傑作だけでなく、あのインチキ?占い師から大金を貢がせるための手練手管にも結実したように思う。

ここで問題なのは、今朝、保育園に行く次女とした約束。朝ご飯をパクパク食べたら、夜は、しまじろうのビデオと彼女がお気に入りのドラマ「王様のレストラン」のDVDをたっぷり見せてやると約束しちまった。
「王様のレストラン」! 三谷幸喜が脚本を書いた奇跡の最高傑作ドラマ。次女が物まねする「しずか」(山口智子演じる橋幸夫ファンの女性シェフ)は、この上なく可愛い(ただの親バカ・モードですみません)。それにしても、あの頃の山口智子は輝いているなぁ。

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2005/03/22

脳みそのフライに代えて簡単白子フライ

連休中、熱を出して寝込んでしまいました。しんどかった。
やっと回復し食欲も出てきました。料理欲も。そうなると作りたい、食べたいのはイタリア料理。

一皿目は、先の記事で紹介したホタルイカのスパゲッティ。

少し唐辛子が効きすぎて、自分は美味しかったけど、子どもは大変。麦茶をごくごく飲みながら食べてました。ごめんな。

二皿目は、ローマ風子羊脳みそのフライの代用で、真ダラの白子のフライ。

BSEの影響で、子牛の脳みそのフライや骨の髄をすするオッソブーコ(牛の後すねのぶつ切り煮込み)といった料理が、レストランでもなかなかメニューに載らなくなりました。羊の脳みそもそれに倣ってのことなのか、みかけにくくなりました。とくに脳みそフライは好物だったから残念。そんなわけで、仕方なく時々作っているのが、脳みその代わりに真ダラの白子でつくるフライ。漫画『美味しんぼ』で似たような話があったような。たしか、ふぐの白子の代わりに羊の脳みそ使うんでしたっけ。
真ダラの白子は、子羊の脳みそと比べると淡白な気もしますが、まあ、十分そのつもりになれます。下処理も血抜きなどが不必要な分、かなり楽ですし。

1、最初に白子をかるく茹でてから扱うと楽です。茹でた後、筋みたいなところをハサミなどで切り離して小さめの鶏唐揚げくらいの大きさに。これに、塩コショウを少しふり、レモン汁・オリーブオイルをかけて7、8分おいときます。

2、白子に小麦粉をつけて、そのあとで溶き卵にくぐらせ、中温の油で揚げます。衣がサクっとした感じになればいいです。揚がったら油をきり、かるく塩をふって、熱いうちに食べます。

相変わらず簡単料理です。最後につける溶き卵メインの衣ってところが、ちょっとこだわりのローマ風。
ローマの食堂だと、これにカルチョーフィ(アーティチョーク)やズッキーニのフライを盛り合わせることがしばしば。
シャバシャバの白ワインをぐびぐび飲みながらフライをつまめば、目の前にパンテオンが見えてくる?

少し食べ残しておいて、後で冷めたのを食べてると、アンソニー・ホプキンス演じる映画版のレクター博士になった気分も味わえます。
レクターは機内食なんて食えないよ、と文句いいながら持参したランチボックスの脳みそ料理を喰うんですが、たぶん冷めたのは機内食と大差無い気もする。レクターが作ったのはバターソテーでしたっけ?

で、映画だとレクターは隣り合わせた小さな男の子にもすすめて食べさせるんですが・・・

今夜は娘たちに、美味いからコレ食べてみな、と言って白子フライ食わせつつ、ついついレクターを思い出しちまった。我ながらひどい悪趣味だぜ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/03/18

沿志奏逢、桜井さんの魅力

バンクバンド
月末には、バンクバンドのライブDVD「沿志奏逢」がリリースされる。楽しみだなぁ。
と言っても、このブログに来てくださる方で、バンクバンド知らない人も多いだろうから、説明すると・・・。

Mr.Children-いわゆるミスチルというバンドのヴォーカル、桜井和寿さんが参加している別のバンドがあって、それがバンクバンドです。

バンクバンドって名前は、桜井さんや、ミスチルのプロデューサーもやっている小林武史さんたちが作った非営利の貸金業=銀行 ap bankに由来しています。この銀行は、環境問題に取り組むプロジェクトに対してのみ融資するというもの。

こんなふうに「いい人」をやる桜井さんってのが、僕にはすごく興味深い。別に皮肉めいたことを思っているわけじゃないし、茶化しているわけじゃなくて、本当に興味をそそられる。というか、どうしようもなくシンパシーを抱いてしまう。

Sign
こうした「意識の高い」活動に限らず、桜井さんが切々としたラブソングを歌うスタンスや、こてこてのencouragingな曲を歌うスタンスにも同じような魅力を感じる。

そうした真摯な曲を歌う自分を、どこか別のところから、胡散臭いなぁとか、恥ずかしいなぁとか思って眺めつつ、それでも、そんな冷やかしの自分はとりあえず振り切っちまって、懸命に愛や勇気を歌う。

そういう屈折を抑え込んだ上での、愛やら勇気やらの歌だからこそ、どうしようもなくリアルに感じてしまう。

昨年のレコード大賞とったSignはすごくいいラブソングで心にしみる。「君が僕に向けてみせるサインを何ひとつ見落とさないよ。」って歌いあげつつ、実は、恋愛の脆さやはかなさが切り離せない陰として終始つきまとう歌詞。
リアルぅ!

さらには、シングル盤でSignといっしょに収録された2曲がなんとも良い。

「純真」なミスチルファンは、Signが終わったところで、急いで停止ボタンを押しているんじゃないだろうか。

Signにつづく2曲目では、夜の公園で偶然見かけた知らない女性がなぜかエッチさせてくれるという、とんでもなく都合のいい妄想を歌う。3曲目の最初では、今では妻も子もいるけど、それでも、むかしの恋人がエッチのあとでぬれちゃったシーツを洗濯機に投げ込む姿が忘れられないんだなぁ、と。
なかなか笑わせてくれます。

| | コメント (5) | トラックバック (1)

2005/03/16

幼児に作らせるメインディッシュ~“ミラノ風カツレツ”風カツレツほか

幼児に作らせるメインディッシュ~その1
超簡単ハンバーグ

1、赤身比率の多い牛ひき肉を、そのまま手でこねてハンバーグのかたちに成形する。子どもにやらせると、ハート形にしたり、星形にしたり、適当にあそんでくれる。うちでは、子どもの手に合わせて小さめのをひとり2~3個つくらせる。分量は適当に。

2、(その間、自分は刺身をつまみにビールのんだり、チーズをかじりながら赤ワインをぐびぐびやる)

3、成形できた肉に塩と胡椒をふる。何度かやってれば、子どもも塩の加減をおぼえる。少々しょっぱくても自己責任だよん。

4、よっこらしょと立ち上がって、ワイングラスを片手に、フライパンで両面を焼く。これで出来上がり。強火で表面をこんがり香ばしく焼くと、パリッとした表面と柔らかな内部との食感のコントラストが調子いい。

以上でできあがり。けっこう美味いですよ。ソースはお好みで。できれば、肉をひっくり返す直前くらいに、片手にもったグラスの赤ワインをフライパンにドボドボっと。これでソースが一緒にできます。ひき肉にありがちな臭みも抑えられます。普通は焼きあがった肉を取り出してから、フライパンにワインを入れて煮詰めるのでしょうが、こうやった方が、ひき肉の臭い消しには有効な気がします。第一、調理時間が省けるし。


幼児に作らせるメインディッシュ~その2
“ミラノ風カツレツ”風カツレツ

揚げ物ができるホットプレートがあれば、作りながら揚げたてが食べられ便利です。なくてもフライパンで平気だけど。

材料
一口カツ用の豚肉を用意する。スーパーに行けば、一口カツ用に切った豚もも肉とかが売ってたりします。なければ豚もも肉のブロックを自分で切ったり、あるいはヒレカツ用の豚肉を買ってくる。
あとは、卵と小麦粉とパン粉。揚げ油。できればパルミジャーノ(パルメザン)チーズ、それからバター。

作り方
1、ボールに生卵をといて、その中に、胡椒と、オリーブオイル少々。あれば、おろしたパルミジャーノ(パルメザン)チーズを入れる。それぞれ量は適当に。うちでは、ぜんぶ子どもがやってくれます。あとは、皿を2枚用意して、それぞれ、小麦粉とパン粉を入れておく。

2、肉を、肉たたきで薄く叩きのばす。これも子どもが喜んでやってくれます。薄く叩くと、火の通りが早いし、肉も繊維が壊れて柔らかくなり、子どもでも食べやすい。

3、薄く叩いた肉に塩をふります。特に仕上げで味付けしませんから、塩はややしっかりめに。

4、あとは、小麦粉の皿、卵のボール、パン粉の皿、揚げ油を180度くらいに熱したホットプレートを順に並べます。

5、さて、子どもに仕上げをさせましょう。肉に小麦粉をつけ、卵をくぐらせ、パン粉をしっかりめに押しつけて、ホットプレートにそっと投入。ホットプレートの油は、肉の厚さの半分が浸かる程度の少ない量でOK。フライパンで揚げる場合も同じ要領。途中で肉をひっくり返します。肉の両面の衣が美味しそうな色に揚がれば出来上がり。薄く叩いた肉には火が十分通ってます。揚げる油にバターを落として溶かすと、風味が増します。やらなくても大丈夫だけど。

熱々を食べましょう。大人が、材料の配置と熱い油の管理をやってやれば、あとはママゴト程度の作業です。卓上のホットプレートで揚げるようにすれば、ちょっとずつ、何枚か揚げては食べ、また揚げては食べ、ができます。

以前、子どもが友達を何人か連れてきてのホームパーティでも、みんなに作ってもらい、好評でした。

本当のミラノ風カツレツは子牛肉ですが、淡白な子牛肉は白身肉に近く、豚肉で十分代用可です。
ルッコラとプチトマトを同じ皿の中に盛れば、かなり、それっぽく仕上がります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/02/17

NHK「フリーター漂流」をみて 中編

 ※「前編」の記事はこちら
 ※追加記事2008.6.11.はこちら
 なお「後編」は未執筆です。

 この番組には、ある中年男性(35歳)のフリーターも登場する。請負会社から送り込まれた工場での仕事に耐えられず、実家に戻った彼に対して、その父親が説教をする。そのシーンも印象深かった。

中年フリーターの希望

 彼はもともと実家が経営する小さな運送会社で両親と共に働いていた。しかし、その運送会社の仕事は月間売上がわずか7万円というところまで激減した。風前のともしびのこの小経営から彼は離脱せざるをえず、請負会社の面接を受け、時給900円(たしかそのくらいだったと記憶している)で北関東にある携帯電話の部品工場へと送り込まれて働き始めるのである。

 工場での仕事は携帯内部の基盤かなんかを組み立てるごくごく単純な作業だが、一定時間内に決められた量をこなすのはそれなりに厳しそうだ。何日かたってやっと作業の要領をつかみ始め、彼の表情にもわずかな明るさが戻り出したある朝、突然何の予告もなく、仲間ともどもそれまでの作業を打ち切られる。チームは解体され彼ともう一人のフリーターは別の工場に回される。次に彼らが従事するのは、作業の都合上、真っ暗にされた小さな部屋で、数人の作業員が朝から晩まで手元の照明を頼りに部品の加工を行うというものである。使用するシンナーが漂っているその小部屋には、どう見てもうちの台所よりチャチな換気扇がとりつけられているだけだ。この工場でも、ある日、それまで山積されていた未加工の材料が激減した。どうやらまた急な生産調整がはじまったようだ。そのうち、彼はまたある朝突然、別の作業場へと回されていったのか。

 工場で技能を獲得し“一人前”の工員になりたいと願う彼の夢はこうして脆くも砕かれる。彼は仕事を辞め札幌の実家に戻った。その彼に運送会社を営む父親が説教するのである。

父親の説教

 どうして辞めたんだ、辛抱が足りないと。仕事がつらくても、誠実に働いてさえいれば、そんなおまえを「見そめてくれる」上司だとかがきっと現れる。その人がおまえを引っ張り上げてくれる。仕事とはそういうものだ、働くとはそういうものだ、といった説教を父親は息子に言い聞かせる。

 彼は父親に反論することもなく、つらそうな表情を浮かべてじっと耐える。おそらく、彼がたらい回しされた工場の責任者たちには、彼の名前すら憶える気もなければ、その機会もないだろう。請負会社の幹部社員が、自分たちの取扱う「弾」のひとつである彼を「見そめ」て、請負会社の正社員に引っ張り上げることもありえない。だが、そういった反論をぶつけることもなく、彼はじっと父親の説教を受ける。

 たぶんこの父親は、これまで、説教の言葉どおり、自分自身がつらい仕事もじっと耐えて誠実に働くことで、こうして小さいながらも運送会社を立ち上げられたのではないか。そういう父親を「見そめ」てくれたお客たちからは時には無理な注文も持ち込まれるが、それを文句も言わずこなす。そうすることで会社を守ってきたはずだ。ところが今では、そんな客も次々と去ってゆき、会社はつぶれようとしている(一ヶ月の売り上げが7万円だよ)。
 
 父親に対してフリーターの息子が反論しないのは、反論したところで理解してもらえるわけがないからという他に、今、絶望的な苦境にいる父親を支えているのは、一生懸命働いていれば必ずいつかは認めてもらえるはずだ、という信念のみだということを分かっているからではないか。それを否定することは、息子としてできなかったのではないだろうか。

私の説教

 私にとってこのシーンが印象深かったのは、この父親の説教とほぼ同じような文句を、かつて私が口にしたことがあるからだ。

 ある友人が、パートの勤務先での人間関係などに悩んだあげく、その仕事を辞めたいと言う。その友人に対する私の言葉は、おおよそ、この父親の説教と同じようなものだった。その友人の勤務先には、いちおう制度としては、パートから準社員へ、そして正社員へ、という昇進コースが設けられている。友人も働き始めはこのコースに期待をしていた。だが、最近の友人の話では、パートのなかには自分より何年も先輩で優秀な人もいるが、誰も昇進していないとのこと。そのうち辞めていくと。

 正月休みもなく、くたくたに疲れ終電で帰宅することも多いその友人は、私の「説教」をどういう思いで聞いたのだろうか。番組に登場した中年フリーターと同じく、この友人も私に反論することはなかった。「頑張っていればいつかは引っ張り上げてもらえる。」と信じる私のことを慮ってのことだったのだろうか。

再び漂流へ

 番組の続き。父親に諭された彼は、ふたたび同じ請負会社の面接を受ける。そこで提示されたのは東海地方の自動車関連工場の仕事だった。彼よりも相当年下の請負会社の男が言う。かなりきつい仕事ですよと。自分に続けられるだろうかと不安げに尋ねる彼に、請負会社の男は冷たく告げる。もうあなたの歳だと仕事を選んではいられないんですよ。

 この番組を見逃した方は、こちらの番組要約をぜひご覧ください。ネットで検索してみつけたんですが、かなり風変わりな(←ほめ言葉です)左翼「紙屋」さんのホームページにすばらしい要約がありました。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2005/02/12

あの有名レストランとは少し違うキャベツとアンチョビーのスパゲッティ

キャベツとアンチョビーのスパゲッティを作った。
作り方は、以前に書いた菜の花のスパゲッティと同じ。
いちおう下にレシピを紹介しますが、詳しくは菜の花の方の記事を参照のこと。
菜の花のかわりに、野菜炒め用くらいの大きさに切ったキャベツをつかいます。
キャベツの分量は、うちの場合、麺(乾燥状態)100gに対して中ぐらいの大きさのキャベツ4分の1玉くらい。

レシピ

1ニンニクと唐辛子のオイルをつくる。弱火のフライパンにやや多めのオリーブオイル。そこにニンニクや唐辛子と一緒にアンチョビーも入れる。アンチョビーの適量は、アンチョビーの種類によって違うので、好みの量をみつけてください。今うちでは、オイル漬けではなくて、塩漬けのアンチョビーを使っていますが、オイル漬けと同じ分量を使ったらしょっぱすぎて失敗。カミさんからクレームついた。

2麺をゆでるための鍋のお湯が沸騰したら、塩を入れ、次にキャベツの芯のあたりを入れる。火は強火。しばらく待って再沸騰したらキャベツの葉を入れる。で、また再沸騰したら麺を入れる。

3少量のゆで汁をフライパンに入れてよく混ぜる。オイルドレッシングみたいになじませる。フライパンの火は弱火。

4麺がゆであがったら、キャベツごとザルにあけてよくお湯を切ってフライパンへ。コショウをふる。できれば黒コショウよりは風味のやさしい白コショウ。味をみて必要なら塩も足す。

このレシピの特徴は、菜の花のスパゲッティのときと同じで、きゃべつの茹で時間が長いこと。うちが使うスパゲッティの茹で時間はだいたい5分くらいだから、きゃべつは5分半近く、ぐらぐら茹でていることになる。こうするとキャベツがクタクタになって麺との絡みがとてもよい。キャベツもたくさん食べられます。カサが減るから一人前で4分の1玉でもへいちゃら。火を通した方がキャベツの甘みも増すと思う。長く茹でるとビタミンCが、って心配の方は、すみませんが、サラダ添えたり、野菜ジュース飲んだりして補ってください。ごめんなさい。

このキャベツとアンチョビーのスパゲッティを日本で流行らせたシェフがいる広尾のお店にも一度食べに行ったことがあるけど、茹で時間はざっと2分くらいかなって食感のキャベツが麺の上にのっていた。このシェフの書いた料理雑誌にも、冬キャベツなどは甘みがあって美味しいから、あまり火を通さず、バリバリ状態に仕上げます、とあった。それからカリカリ状態に揚がったニンニクのみじん切りがのっていた。これも好評のトッピングらしいが、やっぱり好みじゃない。ハリのあるキャベツと、カリカリのニンニクと、スパゲッティとの食感はまとまりがない。バリエーションが豊かでそこが良いという人もきっといるんだろうけども、というか、現にたくさんいらっしゃるから人気メニューになったんだろうけどもね。

うちのキャベツ・スパゲッティは“牛丼”風

ところで、ステーキ丼と牛丼だったら、私は断然、牛丼が好き。ごはんと具とつゆとがまとまる感じが好き。ステーキだったら、どんぶりにせず、ご飯とステーキと最初から別々がいいや。キャベツの場合も、麺とキャベツをあまり絡ませないのなら、いっそキャベツは、グリルして塩少しかけて美味しいオリーブオイルでかるくマリネしたのを、付け合わせとして別皿でたくさん食べるのがいいな。

2005.2.13.追記:アンチョビーの代わりに、先の記事で書いたホタルイカ使うとすごく相性がいい。ぜひお試しを。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/02/10

NHK「フリーター漂流」をみて 前編

 ※この記事のつづきはこちら
 ※2008.6.11.秋葉原通り魔事件によせての追加記事はこちら

先日、NHKのドキュメンタリー「フリーター漂流」をみた。感想を書く。
北海道出身のフリーター3人の話が中心。彼らは、全国展開する請負会社の手によって、北関東で携帯電話の部品を製造する工場へ送り込まれる。

請負会社?人材派遣会社じゃないの?と思うかも知れないけど、この請負会社ってのが凄い。人材派遣会社の場合、そこから派遣された「人材」は、諸々の法的(?)規制でもって、派遣先においてもある程度は「人材」としての扱いを受ける権利があるらしい。でも、請負会社ってのは違う。会社は、お客である工場などから、その工場内での一定量の作業を請け負う。でもって、自分のところで雇ったフリーターたちをチームに編成して工場へ出向き、請け負った仕事(もちろん熟練の不要な単純作業)を短期でこなす、という仕組み。したがって工場側は、そのフリーターたちの身分やら待遇やらに関して何の責任も負わないですむ。工場側とフリーターたちとの間は何の契約関係もないんだから。

で、フリーターたちは工場へ行って一日中黙々と単純作業を行う。ところが次の朝、また工場へ行くと、何の予告もなく、その場で突然チームが解体され、別々の工場へ行って新しい仕事につくよう言い渡される。工場側の説明によると、急に部品の受注が減ったため、昨日までの作業は不要になったからとのこと。フリーターたちは、せっかく仕事の要領も覚えたことだし、できることなら自分たちを同じ工場になるべく固定して欲しい、と請負会社に訴えるが、まったく無視される。請負会社はお客である工場側からの要求を最大限優先して受け入れることにしているからだ。そうしないと工場側からの請負仕事の発注が無くなるのだろう。このような場面で何の文句も言わないのが請負会社のウリだそうだ。市場の状況に即応するかたちで、こうした急な配置転換が無造作に繰り返されていく。

昨日までに覚えた仕事は新しい工場では何の役にも立たない。あちこちの工場・作業場をたらいまわしされるフリーターたちが仕事を通じて個人の能力を高めることなどは望むべくもない。かわりに忍耐力と健康とをすり減らした彼ら彼女らの少なからぬ部分は、数ヶ月間の短期雇用期間をまっとうすることなく脱落する。その穴は全国からかき集められてきたフリーターによってすぐに埋められていく。

請負会社の人は、自分たちの会社は「社会のために貢献している。」と胸を張っていた。現在の工場はコストダウンのため市場の動向に機敏に対応する必要がある。だから、突然たくさんの人員が必要になったり、逆に不必要になったりすると。そうした工場のために請負会社は頑張っているんだそうだ。前線で「弾」が必要になっているところへすぐさま「弾」を送り込んでいくのが自分たちの務めだと。この「弾」って言葉は月並みな言葉だが生々しかった。請負会社の顧客である工場が勝利をおさめるための弾薬の補給。請負会社にとってフリーターたちはまったくの消耗品なのだろう。こうやって請負会社は「社会」に貢献しているという。

フリーターたちの給与は時給。体調を崩して仕事を休んだりすると、そのまま収入は消える。賃貸アパートを借り上げた「社宅」住まいの彼らの手取りは、給与から家賃や光熱費を差し引いた額である。アテにしていた残業が工場の都合でなくなり、その上、体調を崩して何日か仕事を休んだフリーターの、その月の手取りがわずか数万円となってしまい呆然としている姿が印象に残った。

こうした請負会社のやり方に対して、「この業態にも立法・行政の規制が必要なように感じました。」という佐藤晶さんの意見に深く共感する。

朝から晩まで、文字通り機械のように携帯電話の部品取り付けを繰り返す。さらに夜間までの残業を希望し、やっと十数万円の月収を手にする。

今の若い人はきつい仕事嫌うからフリーターが増えるんだ、なんて誰が言うのか。
こういった「弾」を使い捨てることで利益をあげていくのを誰が経営手腕と呼ぶのか。
全国各地の製造現場を漂流するフリーターは現在100万人にのぼるという。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005/02/03

春を食べよう!ホタルイカのスパゲッティ

料理の写真はこちらの記事へ

菜の花スパゲッティに引き続き、早春を食べるスパゲッティの第二弾。
ホタルイカのスパゲッティ。いちおうオリジナルですが、まあ誰かがもう作ってるでしょう。
(2005.2.13.追記:ネットで検索したら同じレシピがたくさん。たしかに誰が作っても同じ手順になるでしょう。他の人がやってないのは、下処理でホタルイカの胴体に切れ目を入れること。イカのワタの味が好きな人は絶対やった方がいいと思う。あと、キャベツスパゲッティとの合体も試さなきゃ損。詳しくはこの記事の末尾に。)
旬はまだ先ですが、そろそろホタルイカがデパートやスーパーに並びはじめました。
これを使ったスパゲッティ。簡単でとってもうまいですよ。

1 茹でて売られているホタルイカの胴体に、小さな包丁でもってタテに浅く切れ目を入れる。こうすると中のワタが出てきて麺に程良くからみ美味しい。さて、もし大事なお客さんに出すのなら、結構面倒ですが、目玉を取り除きましょう。また、胴体に切れ目を入れるついでにいわゆるイカのフネ(細長い軟骨みたいなの)も取り除けば、口当たりがよく丁寧な仕上がりに。あ、そうそう、ホタルイカの量は適当に。一人分で何十杯もつかうと麺が負けちゃう。お好みの量を試行錯誤でつかむといいです。

2 ホタルイカの下処理をしている途中、麺を茹でるための鍋に水を入れて火にかける。それから、たたいてつぶしたニンニクと唐辛子とオリーブオイルをフライパンに入れて弱火。

3 ホタルイカの下処理が終わる頃には、鍋のお湯が沸騰しているからこれに適量の塩を入れて麺を投入。

4 軽く色づいたニンニクと唐辛子をフライパンから出す。麺が茹であがる2分くらい前にホタルイカをフライパンに入れる。麺のゆで汁も少しフライパンへ投入。イカにいれた切れ目からワタがでてくるように箸とかスプーンとかでつつくとよい。濃厚な味にしたければ、ここでしっかりとワタが出るようにする。この加減はお好みで。

5 麺が茹であがったら、湯を切った麺をフライパンにいれてよく具とからめる。塩加減をみて足りなければ塩をたしてください。これで出来上がり。


絶対おすすめのスパゲティです。少し味を足したい人は、4の段階で、数個のプチトマトを、タテ半分とかに切って投入。酸味が加わって美味しいですよ。
あと、面倒な時はホタルイカの下処理はしなくていいです。買ってきたトレイからそのままフライパンへ移す。箸やスプーンで少し乱暴につつけば胴体が適当に割れてワタが出ます。

2005.2.13.追記:さらにおすすめは、キャベツのスパゲッティとホタルイカスパゲッティの合体。
イカとキャベツとの相性の良さはあらためて書くまでもないですよね。
作り方は、別記事で書いたキャベツとアンチョビーのスパゲッティを参照して、それを上記のレシピと組み合わせてください。ただしそこからアンチョビーを省きます。隠し味として少し使うのはいいかもしれないけどね。あと、麺やキャベツにイカの味がよく絡むように、下処理でイカの胴体に切れ目を入れるって作業は必ずやった方がいいです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/01/29

笹塚のイタリア料理店サルサズッカ

2008.8.6.付記
 現在、サルサズッカの元シェフの小川洋行さんは、かつて修業されていた大宮のリストランテ・ベネチアへ戻られて、そこのシェフをつとめていらっしゃいます。小川さんの料理がまた食べたいって方は、大宮までお越し下さい。大宮ベネチアについては、こちらの記事をごらんくださいませ。

(ここから元のサルサズッカに関する記事2005.1.29.付です。)

今サルサズッカにいますって前の記事は、笹塚のイタリア料理店サルサズッカの店内で、お店の人にブログ始めることをすすめながら、お店のPC借りて書きました。こんなに簡単だからぜひぜひって感じで。

さて、サルサズッカは美味しいですよ。兄弟が中心のお店で、お兄さんがシェフ。弟さんがホール担当。
弟さんはイタリアでソムリエ資格をとってます。すごーい。

リストのワインも面白いものが揃ってますが、弟さんにお任せして、料理に合わせグラスワインをいろいろ出してもらうのも楽しいですよ。ぜひ食前・食後酒についてもお任せで。

料理は素晴らしい。材料もホントに良いもの使ってます。別に派手派手しいブランド食材が並ぶわけではないけど、ベーシックが充実してます。たとえて言うなら、普段から美味しいお米食べてない時は、たまに美味しいお米食べてもその良さが今ひとつピンとこなかったりする。でも、普段、美味しいお米食べ続けてると、たまに美味しくないお米食べるとその違いが分かったりしますよね。分かる人なら、誰しもがここのお店の食材の水準にまず安心し、それから感心するでしょう。もしそれがピンとこなくても、普段サルサズッカで食べつけていて、時折、他店で食べる機会があったりすると、あらてめてここのお店の美味しさがわかるかもしれません。

似非高級店のハリボテ料理に白々しさや嘘っぽさを感じて欲求不満になってる人は、サルサズッカを一度試してみてください。プリフィックスのコース料理が2900円。腰のすわった美味しい料理が出てきます。この値段なのにこんな料理が食べられるなんて、という誉め方はあまりしたくありません。コストパフォーマンスの加点を無しにしても、サルサズッカの料理は東京のイタリア料理店として一流レベルにあります。

ただし、小さな厨房でシェフと助手って感じで作ってますから、混み合う時は料理がなかなか出てこなかったりも。ネットでこのお店の評判を読んでると、時々、料理が出るのが遅すぎって文句を目にします。
僕は美味しい料理が出るのを待つのは何十分でも全然苦にならないので構わないんですが、それが我慢できないって人のとるべき道はふたつ。曜日や時間帯を選んでお店が空いている時に行く。あるいは、サルサズッカで美味しい料理を食べることはあきらめて、どっかの大きなお店で、その店の広い厨房のための家賃とたくさんのコックさんの人件費を応分に負担しながら順調な料理の進行を楽しむ。

それはともかく、このお店の特徴のひとつは、弟さんがイタリアにいらっしゃった頃に働いていたマルケ地方の料理やワインの美味しさです。以前記事に書いたポタッキオもそのひとつ。マルケの美味しい白ワインとポタッキオの取り合わせがおすすめ。

最後に、もうひとつ、このお店へ行く時の楽しみをあげると、笹塚の駅からお店までの道のりがとても良い。駅から甲州街道を越えると、そこは十号通りという名の商店街。活気にあふれた良い町です。仕事がら、この商店街の歴史には興味津々。

2005.11.11.付記
 サルサズッカの小川シェフは退店されたそうです。弟さんもいずれいらっしゃらなくなるのかな。このあと、このお店がどのようなスタッフで再出発するのか知りませんが、この記事に紹介した状態のサルサズッカはもうありません。
2006.2.1.付記
 小川シェフが退店後しばらくしてから、サルサズッカへ2回ほど行きました。弟さんは健在。新しいシェフの相馬さんは、日本人の口に合う料理がきっちりできる上に、今はイタリアの伝統的な料理の研究にも熱心。2900円で素晴らしいコース料理が楽しめます。自信をもっておすすめのサルサズッカです。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005/01/28

今、サルサズッカにいます

今、笹塚のサルサズッカで食べています。
詳細は後ほど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/01/23

菜の花スパゲッティの工夫

美味しい菜の花スパゲッティを作ろう!

 料理の写真は、こちらの記事に。

 今年もスーパーなどで菜の花をよくみかける時期になりました。
それ見ると菜の花スパゲッティ作りたくてたまらなくなります。大好物。
作り方は簡単で、

1 まず大きめの鍋に水を入れて湧かし始める。

2 フライパンにオリーブオイルを入れて、そこにたたいてつぶしたニンニクと唐辛子を加え、弱火にかける。

3 菜の花はよく洗う。アブラムシがたくさんついていることもあるから。で、3センチくらいの長さに切る。根元寄りの方と葉っぱの方とを分けておく(火の通りがちがうから)。

4 フライパンのニンニクの色がかるく茶色になりかけてたら取り出す。唐辛子も。

5 そろそろ鍋の湯が沸騰。鍋に塩を入れる。塩はたくさん入れる。水1Lあたり塩10gが標準とのこと。もちろん個人の好みの差もあるし、ソースやパスタの種類によっても違う。時々お湯を飲んで塩加減をみることで自分なりの基準を記憶しておくと便利。

6 切り分けておいた菜の花の根元寄りの方を先に鍋に入れる。これでお湯の温度がいったん下がる。少し待って再沸騰してからスパゲッティを入れる。スパゲッティはぜひ細めのものを。

7 ゆであがりの2分くらい前に、スパゲッティのゆで汁を少しフライパンに入れる。フライパンをゆすったり箸で混ぜたりして、オイルとゆで汁をよくなじませる。ドレッシングを作る要領。火は弱火。

8 鍋に菜の花の葉っぱの方を入れる。

9 スパゲッティがゆであがったら鍋からあげる。今回は菜の花と麺とを一緒にゆでてるから、一気にゆで汁ごとザルにあけて湯切りするのが楽。

10 湯切りした麺と菜の花とを、火をとめたフライパンに入れてオイルとよくからめて出来上がり。皿に盛る。

 菜の花のスパゲッティは最近あまり珍しくないけど、上のレシピの特徴は、菜の花のゆで時間が長いこと。よく料理本とかで紹介されるゆで方は、麺がゆであがる直前に菜の花を入れて、歯ごたえや苦さを楽しみましょうというもの。
 まあそれも美味しいけど、その場合は麺と菜の花のからみ方がいまいち。菜の花が煮くずれるくらいで麺とよくからむ。菜の花の緑色が溶け出たゆで汁で麺をゆでた方が、麺にしっかりと風味が移るという話も。
 
 それでも、自分はやっぱり軽くさっとゆでた菜の花の歯ごたえが欲しいって人は、麺と一緒に長い時間ゆでる菜の花とは別に、麺がゆであがる直前に適量の菜の花を追加投入する手もある。で、さっとゆでたその菜の花は、麺がゆであがる前に鍋から取り出し、スパゲッティを皿に盛ったあとからトッピングすれば見た目もきれいかな。

2005.2.3.追記 菜の花スパにもうひと味
アルポルトの片岡シェフの本『パスタ歳時記』(講談社1995)には、菜の花パスタには味のバランスからいってタンパク質を足すのがよいとあります。さすがプロ。片岡さんは、生ハム、鯛、からすみ、アサリを紹介してます。美味しそう。生ハムとアサリは実際試しました。ばっちり。あと私がよく使うもうひとつオーソドックスな材料は、アンチョビー。フライパンにニンニク・唐辛子を入れたすぐ後にアンチョビーをいれるといいと思います。フィレでもペーストでも。ただし、アンチョビーを使う場合は、スパゲッティと菜の花を茹でるお湯の塩分を薄くする必要があります。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/01/17

ミスチル栄養ドリンク

多くの人が「自分で自分を元気づけてやらなきゃいけないな。」という時の儀式やらおまじないやらを持っていると思う。ユンケルぐいっとあおって、「さあやるぞ!」(←いったい何をやるの?)という人もいるでしょう。私の場合は、ちょっと仕事に出るのが億劫だったりすると、ミスチル聴いて元気出したりすることも多いかな。

まず「PADDLE」を聴いてから次に「蘇生」。これは強力カンフル剤って感じ。
あと、アルバム・ディスカバリーの最後の方、「ラララ」・「終わりなき旅」・「IMAGE」って組み合わせも結構効く。
「ALIVE」も意外と元気になる(というか開き直れるっていうか)。

今日はこれから非常勤講師やってる川村学園女子大の行事で、浅草へ行って新春歌舞伎鑑賞。もちろんまったく億劫じゃないので、ミスチルの力を借りなくても勇んで出かけるけど・・・・何か1曲聴いて家を出よう。何にしようかな。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2005/01/09

改・大河ドラマと歴史考証

前の記事で大河ドラマの歴史考証について感想を書きました。やっぱ読み返すと意味不明ですね。恥ずかしい。こうやって自分で書いたものを、少し時間をあけて読みなおして、やっと自分の言いたいことがわかる。
(思うに、締め切り直前に論文を書き上げる悪癖も直さなきゃね。頭脳明晰・理路整然ってのとは程遠い私のような人間は、一度書いたものを読み返してからもう一度書き直すくらいでやっと人並み。)

前の記事では厳密な歴史考証の不可能性について、という当たり前のことも書いたけど、まあ、それは話の本筋ではなかったみたい。

本当は次のように書くべきだった。もし仮に完璧な歴史考証というものが可能であったとしても、それに縛られたドラマづくりをする必要はまったくない、と。

さて、今日から新しい大河ドラマが始まるけど、わけ知り顔した「歴史家」のどんなコメントが出てくるのか、そっちも楽しみにしたいな。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2005/01/08

英会話始めようかなっと

正月、私も人並みに新しいことを始めたくなりました。
で、思いついたのが英会話。

きっかけは、非常勤で通ってる大学の講師仲間。
カナダ人の男性で英会話の教師J氏。大学以外にも高校や英会話学校で教えていると。

で、毎週1回、大学帰りの電車が一緒なんだけど、二人とも家が大学から遠く、車中1時間半以上は一緒。
二人ともビール好きで、缶ビール飲みながらワイワイしゃべる。
もちろん、私は英会話はできない。J氏の日本語も相当怪しい。そんな二人がゲラゲラ笑いながらしゃべってられるのは、多分にアルコールの魔法。

話が脱線するが、以前、ローマの居酒屋でしたたかに飲んでホテルへ帰るタクシーの中。
運転手が私にぶつけた素朴な質問、「日本人の女の子はなんでO脚が多いんだ?」
これに答えて「日本人は床の上にじかにすわって生活するからかもしれないなぁ。」と、何の根拠もない仮説を堂々と提示する私。この問答をきっかけに、30分くらいずっと日・伊両国の女性の脚についてバカ話。最後は互いの国の女性を賛美し合って車を降りた。
(これを読んでる女性の方で気を悪くされた方がいらっしゃいましたらごめんなさい。酔っぱらったジャポネーゼのオジサンとローマっ子のタクシー運転手が真夜中陽気に盛り上がるとしたら、たいていこんな程度の話題です。)
ところが翌朝になると、話の内容は詳細に憶えているんだけど、お互いそれをどんな言葉でしゃべっていたのか、まったく思い出せない。日本語でないことは確か。でも私のイタリア語能力はあちらの3歳児にも劣る。英語も似たり寄ったり。そもそも「脚」ってどう言うの?ってレベル。なんでそんな込み入った話ができたのか今でも不思議、摩訶不思議。やはりアルコールの魔法。

だったら、これから外国人と話すときは、いつも酔っぱらうようにすれば怖いもの無しだとも思うけど、そう上手くもいかない。そもそも、アルコールの魔法が効くのは、大学帰りのJ氏との会話を思い返しても、また、ローマの夜を思い出しても、どうやら、ある「特定の話題」に限られているような気がする。

そんなわけで、ちょっと真面目に英会話を勉強しようと思う。大学帰りの電車の中でJ氏にむかって、自分の研究の面白いところをちゃんとアピールできるくらいにはなりたいからだ。とか言っちゃって、英会話を勉強しようと考え始めたのは、J氏がやっている英会話のプライベートレッスンの授業料を聞いたから。だってタダで一流の先生のプライベートレッスンを受けられるんだから、利用しない手はありませんぜ。

このブログでも、今後、何か研究ネタの記事を書いたときには、いくつかキーワードを選んで、その英訳を付けるようにしようと思う。
例えば、こんな具合に。 
「アルコールの魔法」~magic of alcohol  前置詞合ってる?それとも単に alcohol magic がいいかな?
来週、J氏に尋ねてみよう。


| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005/01/02

大河ドラマ新選組と歴史考証

酒を飲みつつ、年末に録画したNHKのアンコール放送をみた。新選組の「友の死」の回。堺雅人演じる新選組総長の山南敬助が切腹する話。いつ見ても泣けるなぁ。鼻の奥だか喉の奥だかわかんないけど、ツーンと痛くて大変。鈴木砂羽の明里も名演だぁ。

それはともあれ、大河ドラマに対してはいつも歴史の「専門家」とやらから文句が寄せられる。こんどの義経に対しても、予告編が流れただけですぐにイチャモンが出始めている。

わけのわかんない「歴史家」やら「評論家」やらが、主にオジサン向けの雑誌なんかで、“近藤勇と桂小五郎が昔からの顔なじみであるわけない”だとかあげつらって、これは荒唐無稽なドラマですね、なんてケチつけているのは、まあ聞くに値しないだろう。編集側が欲しがってるとおりのコメントだして謝礼もらうのが彼らの商売なんだろうから。

歴史ドラマにおける歴史考証の役割ってのは、そのドラマにリアリティなどの効果を与えるため、脚本家や演出家などの要請を受けて過不足のない歴史的知識を提供することにつきると思う。決してそれ以上ではないだろう。

歴史に忠実なドラマなんてありえない。

セリフひとつとっても、当時の人々の言葉使いや発音をすべて再現することは不可能だし無意味である。セリフの背後にある人々の道徳観念やら人生観だって忠実な再現は不可能だ。建物の復元だって至難のワザ。

ただ、歴史を無視することで著しくドラマの効果が薄れる(とドラマの作り手が判断した)場合は別である。例えば、鳥羽伏見の戦いで新選組が大活躍して幕府軍は大勝利、近藤勇はどっかの大名にとりたてられる、なんて逸脱はドラマがシラけるだろうから、あまりよろしくないだろう。

そうした場合をのぞけば、歴史に忠実であれ、とドラマに要求するのはナンセンスである。

ところが、先ほど挙げた“売文家”的「歴史家」ではなくて、専門の研究者などがドラマのあら探しをすることがままある。しかもそうしたあら探しの成果が学術雑誌に載ったりもする。その多くが啓蒙臭い論調。

もし真剣にドラマ批判を展開する必要があるとすれば、そのドラマを支配するなんらかの思想なり価値観があって、それが社会に有害であると批判者が考えた場合のみであろう。その場合は、その思想・価値観がどのようなものであるのか明らかにし、かつ、それが広汎な視聴者に対して実際に大きな影響を及ぼしている(あるいは及ぼす可能性が高い)ことを立証すべきであろう。さらにはそれに対置する批判者自身の思想・価値観を明確にして、そのドラマの思想・価値観の問題点を指摘すべきであろう(もちろん、こうした“なされるべきドラマ批判”が研究者の手によっておこなわれた例だっていくつもある)。

さて、今年の大河は面白いかな?
それより、三谷幸喜さんが朝の連ドラを書いてくれないかな。毎朝楽しいだろうな。

(以上、最初にアップした記事に若干加筆しています。元が酔っぱらって書いてたもんで、論旨がとりにくい部分があるように思えたからです。ご寛恕ください。2005.1.8.記)

| | コメント (16) | トラックバック (0)

2005/01/01

シフクノオト

このブログ始めてまだ何日もたたないけど、アクセス解析かけたら31日の夜にアクセス急増。理由はもちろん、レコード大賞直後にミスチルの記事書いたから。せっかく検索かけてここに来てくださった方々、薄っぺらい内容ですみませんでした。せめてものお詫びに、シフクノオトDVDの感想書きますね。

ミスチルの曲は、桜井さんの声が良いのはもちろんだけど、その前に流れるイントロがいいんだよね。それも適当に手抜きで作ったワンパターンのイントロじゃなくて、その曲その曲にあわせてよく作り込まれたイントロ。DVD1曲目の「終わりなき旅」のイントロ始まると、鳥肌もんで思わず座り直して姿勢正しちゃう。アンコール・オーラスの「Sign」のピアノのコード聴くと胸がジーンとする。で、短めのイントロのあとの歌い出し「届いてくれるといーな」でウワァーって感じ。名曲。

ミスチルの曲のイントロ人気投票とか楽しそう。もうどっかでやってるのかな。

それにしても、レコード大賞の時は残念。古式ゆかしく、慣例にのっとって、司会の曲紹介コメントがイントロにかぶさる。いつまであのスタイルにこだわるのかね。まったく。あと、桜井さんは、それ相当の思いで熱唱なのに、曲の間ずっと番組おしまいのテロップが流れる。生で時間が押してたんだろうけど、がっかり。まるで日テレ歌の大辞典の第一位みたいじゃないか。

と、正月そうそう文句言っててもつまんないから、シフクノオトDVDの見所をひとつ。「Youthful days」で歌詞間違えるよね。そこで歌につまった桜井さんのみせる「アレレ、おかしいな」って顔がすごく微笑ましい。
ここまで書いて、この話、もう有名かなと思ってgoogleで検索したら、やっぱり話題にあがってましたね。
まだそのつもりでご覧になってない方がいましたら、一度みてくださいな。その前の「乾杯をしたんだ」とかで思い切りお客にサービスしたところで少しハメ外しちゃって、という感じです。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

かんたん鶏料理イタリアの田舎風

あけましておめでとうございます。
ゆえあって一人きりの年越しと正月。カミさんは子供たちつれて実家へ帰ってしまいました。

といっても家族崩壊の危機に瀕しているわけではなく、仕事が溜まってて正月も帰省できず、ひとり家で仕事しているだけのことですが(^^)

今朝はベーコンエッグにトーストとコーヒーという、喫茶店のモーニングセットみたいな朝メシ。でもベーコンエッグ作るかたわら、晩ご飯の仕込みを。
さすがに元旦の夜くらいは上等のワイン抜いて楽しみたいし。

仕込んだ料理は、鶏のポタッキオ Pollo in potacchio。
長靴型の細長いイタリア半島の中ほどから下半分のアドリア海側(東側)一帯で作られる田舎料理。
いちおう今回はその地域の中のマルケ州ってところのアンコーナ地方風かな。
水をたくさん入れて煮るので、鶏の水煮って感じの料理。

すごく簡単な料理。作り慣れて手順がのみこめてれば、煮込み時間を別にすると、20分もあれば完了。
以下、1~2人分のレシピを紹介。

●鶏のもも肉1枚を4~6個に切り分ける(唐揚げ用に切り分けるより少し大きめ。たくさん作るとき、切り分けがめんどうなら、スーパーで唐揚げ用に切ったもも肉買ってきてもよいかな)。
●タマネギ半分をみじん切りに(そんなに細かく刻まなくてもいい)。
●フライパンにたっぷりオリーブオイルを入れて刻んだタマネギを炒め始める。好みで皮つきのままのニンニクも1かけか2かけ。オリーブオイルは大量に。量は好みだけどカップ1杯入れてもかまわない。炒めるより揚げる感じ。
●1~2分してからそこへ鶏肉を入れ炒める。白ワイン(辛口)も入れる。火は強め。タマネギ焦がさないように。肉をひっくり返したりしながら色が変われば、トマトソースを少し(量は好みだけど大さじ5くらい?)入れる。
●トマトソースいれたら、水をコップ1杯くらい入れてかき混ぜ、鍋に移す。鍋の大きさは肉が重ならないで入る程度の大きさがいい。鍋に移したらさらに水を足す。肉がほとんど浸るくらいたっぷりと。ここで軽く下味に塩コショウ。
●あとは強火で沸騰させ、沸騰したら火を弱めて鍋にフタして1時間くらい煮込む。こんなんで美味しくなるの?と不安になるくらい簡単だけど、煮込んでいるうちに、ほぉーら、いい香り。で火を消す。

仕込みは以上で完了。
すぐに食べてもいいけど、そうすると全然美味しくない。煮汁は十分うまいけど、肉はスカスカ。肉から煮汁へ出たうまみが煮汁の味と一緒になって再び肉に染み込むのを待って食べる。朝ここまでやっておけば夜には美味しく食べられる。お昼に食べても大丈夫だとは思うけど、やっぱり夜まで我慢。

●さて、食べる直前に鍋を火にかけて軽く暖める。その時に生のローズマリーを2~3枝入れる。乾燥だったら入れない方がいいと思う。アツアツにしなくても、肉が芯まで暖まっていればそれで十分。最後に塩とコショウを足して煮汁の味を調えて出来上がり。煮汁はごくごく飲むのではなくソースがわりだから濃いめの味がいいと思う。できれば上等のオリーブオイルを香りづけで軽くかけ回す。深めの皿に煮汁を張って肉を盛りつけてできあがり。ワインは白が合うけど、軽めの赤でも美味しい。

オリーブオイルたっぷりが本場風とのこと。まあ、苦手な人は少な目に。
トマトソースのストックなんて無いよって人は、かわりにプチトマトを何個か、二つか四つに切って入れても美味しい。
トマトソースやトマト無しでも大丈夫。
あとは、乾燥トマト入れても美味しい。オリーブの実やケイパー、タカノツメを入れてもなかなか。

トマトソースやトマトの代わりに少し梅干し入れても美味しそうだけど、まだ試したことはない。
有名な地鶏使って「××地鶏のポタッキオ、紀州××梅風味」とかブランド名ならべると、その辺のこじゃれた創作イタリア料理屋でお金とれそうな気がする(^^) だめかな。

簡単に作れて、食べる直前は暖めて皿に盛るだけだからパーティ料理に最適。本当は骨付きのもも肉そのままとか、それをぶつ切りにしたのを使えば、骨から煮汁に味が出て、それが肉に染み込み、めちゃウマだよ。

今晩食べたらまた感想をアップします。そのうち写真も載せようかな。

あ、そうそう。ポタッキオって料理を教えてくれたのは笹塚にあるサルサズッカというイタリア料理店。このお店のことはまたあらためて紹介します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004/12/31

ミスチル

レコード大賞、やっぱMr.Childrenだぜい。うれしいな。
受賞曲Signはすごくいい曲。テレビで聴きながらこれ書いてます。おめでとう。
歌ってる映像にテロップがかぶるのは時間が押したせいか。まったく。
さてと、風呂入ってあたたまってからシフクノオトのDVDでも見ながら年越ししよう。

ただ、同じミスチルでも昨日からはタガタメが何度も頭の中で鳴る。
奈良の小学生の女の子の事件で犯人が捕まったニュースきいてから。
やりきれない事件だったなぁ。
「子供らを被害者に加害者にもせずに、この街で暮らすため、まず何をすべきだろう。」

| | コメント (0) | トラックバック (2)

レコード大賞

今年は久しぶりにレコード大賞みてます。最優秀新人賞は応援してた大塚愛ちゃんが受賞して万歳!!
あとはMr.Childrenが大賞獲ってくれれば言うことなしなんだけどなぁ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2004/12/28

はじめました

今すぐ簡単にはじめられるよ、という声に励まされつつ。以後よろしく。

| | コメント (7) | トラックバック (0)